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韓国旅行記 ~ 芸能人は我が命
卒業旅行@韓国に行ってきたときの話。

・・・・といっても、今回は4泊5日の、
しかも韓国といえど、首都ソウルだけの2人旅、という、
僕の今までの遍歴からは考えられない小さなもの。
ゆっくり歩き、ゆっくり食べて、ゆっくりと買い物をする。


何一つトラブルがなかったのが、
僕には逆に不気味に感じられます。


1泊2500円ほどの安宿でしたが設備もよいし、人が何より親切。
やっぱ日本(東京?)は冷たいなぁと、
どこに行っても、毎度ながらそう思います。


===============


日本語がやたら通じるという話を聞いてはいましたが、
「どうせツアーでいく所がいくらか通じるくらいなんでしょ」
くらいに捉えてました。


・・・・・・・・・・・・・。



全力で反省します。
みんな日本語すごいΣ(゚Д゚;) 。


甘味屋で伝統のお菓子作りを見て、職人さんから
「コレネ、昔ノ王様ノ、オ菓子!
ヨン様ジャナイヨ、王様ダヨ!
なんて言われた日には、ただただ敬服 _orz。



===============



まぁ旅行記は置いといて(ぇ、
皆さん「あさだ・えみ」という「アイドル」をご存じですか?


今回の旅行では韓国人の友人に会ってきたのですが、
以前その彼との他愛ない無駄メールで、
YoutubeのURLが送られてきたことがあったんです。


メールを勝手に引用しますが、
韓国ですごく人気です。なんか美人そのもの。
だそうな。

そして、その動画がこちら。
↓↓↓




まぁこれが美人かどうかは読者諸エロに判断してもらうことにして、
見事にハングルを話してますね。

しかし彼女は別にアイドルでも何でもなく、
韓国に留学してたところを引き抜かれたとか。
(聞いた話ですが)



ちなみにこの動画は、
「美女たちのおしゃべり」というテレビ番組。


・・・タイトルからしてB級バラエティーですな( ̄〇 ̄;)。



==============



で、その韓国人の友人と街をブラブラしてたら、
いきなり
「とくさん!とくさん!ちょっと来て!!」
とすごい声。

黒山の人だかりの中に、女性が2人。
カメラがそこらじゅうから集まってくる。
友人「とくさん、あそこ!あさだ・えみだよー!!」
大興奮の彼の勢いに飲みこまれながら、
「とくさん、早く、早く、カメラ」と急かされて、
彼女が振り向いたその瞬間に、パチリ



(クリックすると大きくなります)



本モノかどうかは分かりませんが
(動画と印象違くないですか?)、
しかし右胸の名札にバッチリ「えみ」って
ハングルで書いてありますよね。

(←1学期だけハングルの授業を受けた、というより取ったw)



その日は10回くらい、
彼に「カメラ見せて」と言われた気がします。
後で彼に添付ファイルで送ったら、
先にあげた日本土産より喜ばれました。

人間とは愚かなものよ。






それにしても贈り物って難しいですよね。
そろそろですが、皆さん母の日には何をプレゼントしますか?
うちは王様のお菓子より、ヨン様のお菓子が喜ばれる可能性を否定できない気がします(笑)。
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【2008/04/26 10:54】 旅行記 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
シュルレアリスム入門に ~ 写真美術館
東京都写真美術館、通称「写美」に行ってきました。お目当ては3階展示室の「シュルレアリスムと写真 痙攣する美」


こちらです。
http://www.syabi.com/details/keiren.html


詳しい説明は上記リンクを見てもらえれば分かると思いますが、従来、絵画で語られていたシュルレアリスム(ダリ、マグリットなど)を写真から見る、というのがコンセプト。


ところが初心者にとっては、そもそも「シュルレアリスム」(=「超現実主義」)って何だ!?というのが第一の疑問。これに対する説明が面白い。曰く、
「現実のなかに存在する、より強度な現実」
だそうな。


これだけだとよく分かりませんが、少なくとも「超現実主義」という語感からは、初心者は「リアリズム(現実主義)を超えた、ぶっとんだもの」を想像するのではないでしょうか。(少なくとも僕はそうでした;)


おそらくその理解は間違ってはいないものだけど、ただ、ここでの定義では「現実のなかに存在する」としている。てことは「ぶっとんだもの」ではないのか??


学芸員さんの解説がありました。
「現実ではない」のではなく、現実に「夢」や「無意識」を書き加えた現実なのです。
なんだかヘリクツみたいな感じもしますが、夢や無意識を「書き加えてる」、という表現が面白い。


「美とは痙攣しているものである」と当時の写真家(名前忘れた…)の言葉があったそうな。確かに、写真に限らず、本当に美しいもの(絵画、音楽、写真問わず)には、その構図に独特な緊張感がある。そういう緊張感をさらに意識的に取り込んだ感じが、例えば以下の2つの写真から感じませんか?



植田正治 コンポジション 1937年




モーリス・タバール 題不詳 1930-35年




「写真」の枠を超えて―


特殊な技術を施したものもたくさんあります。写真とは、現実そのままではない。雑誌の写真を切り貼りしてつなげたもの、魚眼レンズのような特殊なレンズを使ったもの、変形した鏡に映った姿をとらえた写真、ネガ・ポジの部分的反転、こういうもので、デコンストラクションを試みている…。


それから、モデルの写真に詩が添えられている「詩・写真集」が展示されてました。詩人はポール・エリュアール、写真家はマン・レイ。なんだか、谷川俊太郎&荒木経惟のコンビを彷彿させますよね。20世紀前半からそういう試みがあったことに驚き。


さらには、植物の茎やおしべ、めしべなどの拡大写真。ミクロな世界を大きく描くのは、絵画の歴史にはなかったことですよね。現実とは、奇妙な形状のものの集まりなんだ、ということを実感します。それと同時に、植物の形状をインテリアなどに取り込んだ建築の歴史、アール・ヌーヴォーと共通点が見出せたり。


===============


写真美術展というと「何を感じたらいいのか分からない」と思うのは早計。現代美術というと難しそうに感じるのは、考え過ぎ。入館料も安く、現代入門、写真入門として、僕は十分楽しめました。


と、書いて、現代写真入門のエントリに、自分自身への復習も含めて。

【2008/04/11 22:31】 建築・美術 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
つながっているということ ~ 54期定演を終えて
6年目の柏葉定演はロビマネとして。
ロビーもマイクを通して音が聴けるのかと思ったのが大間違い。
忙しすぎて全く聴けませんでした。


まずお詫びをさせてください。
レセで体調を崩してしまい、ご迷惑とご心配をおかけしました。
レセ後は後輩に家まで(!)送ってもらい、そのままベッドでバタンキュー。
差し入れ配達もお願いしてしまいました。大感謝です。
4・5年生には、超ささやかながら全員に用意しましたよー。

そして。

==============


レセであんなに長々と話すロビマネは僕は見たことないです(笑)。

最初の方は生で聴いた人には内容がダブっちゃうけど、
ここであえてもう一回。そして+αを。



縁の下を覗いてみれば


お手伝いさん総数は、31人(団外20、団内11)でした。
ソプラノ30人、アルト26人、と比べてみて分かる通り、
まさに1パート分エネルギー。
むしろ、一つの合唱団が出来るくらい。

ロビマネは慣れない指示を出しまくり、
自らは勇気を振り絞って「働かない」。

お手伝いさんには、何のメリットもない。
それでも、誰一人として苦情を言わない。
演奏も聴けない。日当1000円の薄給。
クリスマス前。年末。夜まで。

なのに、熱心な人はマニュアルを隅々まで読んで、
質問を重ね、丁寧に作業し、すごく気を遣ってくれる。

団内もそう。
多少のおしゃべりはあるものの(笑)、
元両指揮者を初め、初めての人も2年目の人も、
時間の都合がギリギリで無理やりお願いしちゃった人も、
みんな協力してくれました。


5年間、僕は歌っていた。
「この演奏会を支えてくれたたくさんの人」を、
テレビの中の人のように離れて感じていました。

それを初めて間近に見た感動がありました。


文章で伝わるかなぁ。え?分からない?
じゃあみんな、ロビマネやろう(笑)



手を求めて、それがつながるとき


団内の人数は、実はギリギリでした。
たくさんの人に声をかけて、
実際やむを得ない事情で、断られることも多い。


「普通は断るであろう」頼みなので、
引き受けてくれる返事は一つ一つが感動モノ。



レセで言ったことを、もう一度書きます。
ずっと言いたかった。ロビマネを引き受けたときから。
彼らを動かしているのが、
かつてみんなで手を握った温かさであり、
何度とない「夜の歌」で肩を組んだ頼もしさ。

それが、乗らない上級生を動かしている。
それが、定演を支えている。

それを忘れないで欲しい。

ここまで復習ね(笑)。


僕の話(≒文章)は普段から道草食いまくりですが、
今回は特に伝わりにくかったかな、と思った。ごめんなさい。


僕が本当に言いたかったのは
「演奏会はたくさんの人に支えられてる」
ってことだけではないです。


じゃあ何か。



「期」は、積み木ではない


僕は毎年のレセで疑問に思い続けた「決まり文句」がある。
  • これから新しい六連期が始まる
  • 一つの節目を迎えた
  • これで終わりじゃない、六連期がある
  • このメンバーでいられることは今日で最後だ…

もちろん、これらは全部正しい。
けど、誰か違うことを言ってほしいと思ってた。
言わなくていいけど、せめて書いて欲しいことがあった。


文化系サークルには2タイプある。
1.大きなイベントに向かうサークル
2.活動そのものが目的だと明確にしているサークル

1が柏葉他多くの音楽系で、
2は茶道部とか華道部とか将棋部とかそういうの。

後者は、辞めたくなったらいつでも辞められる。
だけど柏葉はそうじゃない。年に大きなイベントが2つ。

つらくなっても、最後まで頑張らないと(と思ってしまう)。
投げ出すのにかかる決断が半端じゃない。つい、いてしまう。
やり遂げたときには、傷だらけになってしまうことさえある。
達成感という美酒にかかる、副作用や税金。
それらは得てして不平等なもの。


だから、定演が終わった瞬間、様変わりする。


とっくに勉強に戻らなくちゃいけない人が慌てて戻り、
未来の社会人は、これを機会に縁を切らざるを得なくなり、
ずっと我慢して団員であった人は、そっと場を離れていく。

・・・・・・・・。


それが定演のもう一つの現実。
それを受け入れるなら、
何か忘れてないだろうか、ということ。

==============

役割が代替わりしても、メンバーが入れ替わっても
別の合唱団になるわけじゃない。
六連期のメンバーは、定演期メンバーと半分以上同じなんです。
狭義の「場」を去った人も、広義の「場」にまだいる。

その意味で、定演が終わるずっと前から、
実は六連期は始まっている。


その「つながり」を一番実感するのが、
「握った手の温かさ」であり、
「組んだ肩の頼もしさ」だと思ってる。


曲も変わる。年も変わる。役割も変わる。
そんな中に、定演期に、秋に感じた温かさが、
六連期に残すものを、大切にしたい。


定演で離れる人がいる。離れざるを得ないから。
だけど、それは「さよなら」を意味しない。
そう思いませんか。



本音と建前の漸近線


技系は意識レベルが高い。
僕はダメダメながら技系も経験させてもらえたけど、
だからこそ問いたい。アマチュア合唱団って何だ、と。


「くだらない音楽なんてやりたくない」には、僕も正直同感。
だけど、どれほど音楽を煮詰めても、
プロの技術にどれほど肉薄しても、最後は及ばない。
及ばずながら得ているものも大きかろう。何より、音楽が楽しい。
それはそれで十分だ。

だけど、それと同時に、
「かけがえのないもの」を僕たちは得ている。


初めからそれを求めてダラダラやることも出来るけど、
柏葉は音楽の向上を目指すところが(学内では)特徴だ。

全員で向上を求めた上での副産物だからこそ、
それでなくてはならない、いいものが得られている。
僕はそれをシステムなんかで、塗りつぶしたくはない。


そこに、ロビーを動かせるほどの力があるから。

=============

うれしかったことは沢山あったけど、特に大きいのを2つ。

1つは、柏葉を途中でやめてしまった人と、ロビーで会えたこと。
晴れやかで明るい顔をしてました。一瞬の会話。
たとえそれが嘘でもいいさ、また会いたい。

2つは、翌日団員がメールをくれたこと。
「来年はお手伝いを頑張りまーす」
望外の喜びでした(笑)




ここでいっしょに星座の名前を覚えよう


やさしくあること。それは、簡単なようで、本当に難しい。

アツアツのミルクも、やがて冷めてしまう。
だけど人間が、冬でも寝てても体温が一定であることって、
しかも36度もあることって、
何か象徴的な意味があるような気がする。


やさしさだって、愛だって、ときに意志を必要とする。


ロビーの手伝いをやろうか。
柏葉のを聴きに行ってみようか。
同期と飲んでやろうか。

そんなんでもいいから、たまには肩を寄せてみたい。
熱が高すぎたら病気だってことも、もちろん承知。
でも、できれば美味しいものを食べて、身体を、心を、温かくしていたい。
いい思い出を作って、たとえ離れ離れの道を歩むとしても、
あすじゃなくても、あいたい仲間のできる場所であってほしい。


ああ、理想かな。
でも。

============

僕は柏葉6年目。
若い僕はめちゃくちゃ生意気でした(今もかなw)。


2年の春、最年少学年のくせに、
全体総会でめっちゃデカイこと言ってしまった。
覚えてる人もいるよね(汗)
おまえがお帰りなさいを繰り返す間、
ここに何度も帰ってこようと思える合唱団にしたい。
(「地球へのバラード」の歌詩を下敷きにしてます)

あはは、恥ずかしい思い出です。

でも、みんなのおかげで、
本当にロビマネとして帰って来れました。
まさかの、まさか。
お帰りなさいを言ってくれた、
たくさんの人に心から感謝してます。


6年目がこんなに幸せだなんてね。
ロビーが定演を支えたように、
定演に乗ったみんなが、ロビーを支えてくれていたんです。





だから、ありがとう。

「さよなら」なんていわないよ。
7年目、よろしくね。








============


最後に。

先月終わりから今月初めにかけて、
連続してちょっとした「事故」にあいました。
両手(特に左手)の震えが残って、いま薬で抑えています。

更新が長く途絶えたのは、修論で忙しいのではなく、
むしろ逆に、文章を書くのが困難になったからです。
左手の頻出文字、A・S・Eあたりの打ちミスがひどい(笑)

現実問題、修論が一大事なので、早く治さないとです。
今も頑張ってます、が、つらい。
この記事を書くのも数日がかり、
…というか定演前から書いてます。
(修論や他のメールと並行していますが)

でも、この事故云々の件に関しては、突っ込まないで下さい。
あまり触れたくありません。
なのになんで書いたのかというと、
年始のご挨拶が予定通りに行きそうにないからです。

その点、どうかご容赦下さい。





皆様、よいお年を!
そこにいるには老いすぎた身から、心をこめて。



300件目の記事でした。



【2007/12/27 20:53】 柏葉 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
甘い死の香り
高速道路で追越車線(一番右の車線)を走ってると、すんごく死にたい誘惑にかられませんか??1秒でも思いっきりハンドルを右に切れば、中央分離帯に100キロでアタマから突っ込める。何か一瞬、暗いことがアタマをよぎった瞬間、「突っ込む自分」がものすごくリアルに想像できるし、その破壊に憧れる気持ちは自分の中にはハッキリ認められる。


僕は健康ですし、死のうなんて思ってません。でも、例えばビルの屋上からつま先を半分出してる状態が長く続いたら、ふっと体を浮かせてしまうかもしれない。大江健三郎は少年のとき、岩の割れ目に頭を突っ込んで水中のウグイを見たら抜けなくなって、気づいたら頭から血を流して河辺に寝ていた、なんて体験があったそうです。そのときの気持ちを大江は後に、
よし、このままでいよう、と決心したのでもあったように感じられていた
( ― 「新しい人」の方へ:朝日文庫・2007年、強調原文)
と書いています。

死の香りって近づくとうんと甘くて、ほんの一瞬夢を見させるもの。それを肌で体験した気がしました。


============


「『死にたい』と思うことは何度あっても、『死のう』と思ったことはない」と、まぁありきたりの話を先輩にしてたら、「『死にたい』から『死のう』は間違いなく1段階を踏んでしまってるけど、『死のう』の先にも実は何段階もある。なかなか簡単には死ねないよ」と言われました。なるほど。僕は鬱にはなったことがないので分かりませんが、もし多くの鬱の人が『死のう』と思いながら戻ってきたとしたら、たしかにそれは正しそう。だけど、先の高速道路の例の通り、『死のう』からは、状況によってはその先の何段階ものステップをショートカットできてしまう場合があって、『死のう』という言葉はその最後の警告なんだと思った、そんな日。先輩は、9錠の抗鬱剤を飲んで笑っていました。


「人生は地獄よりも地獄的である」(芥川龍之介)

【2007/11/01 22:32】 社会 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
クッツェーの「恥辱」



タイトルが際どい感じがしますが、史上初めてブッカー賞を二度にわたって受賞した文豪・J.クッツェーのブッカー賞受賞作です。てか、ブッカー賞ってご存知ですか??英語で書かれた小説のみに与えられる賞という制限があるため、日本人作家には縁がない賞ですが、世界的な賞の一つだそうです。(映画のアカデミー賞みたいなもんか。)
このクッツェーは、南アフリカの作家。後にノーベル文学賞も受賞しています。


主人公ラウリーは52歳の大学教授。自らの頭脳と肉体に自信を持ち、何の不自由もない生活を送っていたはずが、あるとき学生を追い回し、そして関係をもってしまう。そしてそれがセクハラ問題として表面化、辞職に追い込まれます。前妻との間に出来た娘の営む農園に身を寄せるも、強盗事件が更なる追い討ちをかけ・・・。



崩壊

長身で体格よく、この明るい褐色の肌になめらかな髪があれば、あるいていどの”磁力”はいつでも当てにできた。どんなふうに、どんな目で語りながら女を見れば、むこうが見つめかえしてくるか、それには自信があった。そうやって生きてきたのだ。何年、何十年と、それが生活のバックボーンだった。
・・・・・
ところが、ある日、すべてが終わりを告げた。なんの前ぶれもなく、その”力”が失せた。
( ― 「恥辱」(J. M. クッツェー、訳:鴻巣 友季子、2000年))

能力に恵まれ、インテリという狭い世界で狭い価値観を持って生きてきた男は、変わらぬ環境に生きる。だから、自分の変化に気づかない。そしてついに、「なんの前ぶれもなく」次から次へと課題に直面するようになり、噛み合わない議論と自問自答を繰り返していくのです。


ここで見られるのは数々の「断絶」。
安定から窮地へ。
白人と、黒人。
前妻の考えと、教授の考え。
教授の価値観と、娘の価値観。
そして何より、男を襲う惨劇と、それを突き放したような、冷めた文体。



老いということ


毎分毎秒、年をとっていることは誰もが知っています。でも、それを感じる瞬間は、人にとっていつも突然。この描写なんて、まさに白眉です。
老人になるとはどういうことか、その味を初めて知った。体の芯まで疲れきり、希望も欲望もなく、将来に興味がわかない。ビニール椅子に身をしずめ、ニワトリの羽と腐りかけたリンゴの悪臭漂うなかにいると、自分の内から世の中への関心が一滴また一滴と洩れだしていくのを感じる。


そして、前妻との会話。
「あなたはもう ― 五十二?そんな歳の男とベッドをともにして若い子が歓ぶとでも思うの?女の子が眺めて楽しんでいるとでも思う、あなたの、その…最中を?そういうこと、考えたことはあるの?」
「私の同情は期待しないことね、デヴィッド。」…
むかしの口調が顔をのぞかせている。結婚生活の終わりごろよく聞いていた声。熱っぽいお咎め。…
たしかに若い娘には、じいさんの悶絶する光景から目を保護する権利がある。そのために娼婦がいるんじゃないか、要は。醜い生き物の恍惚に我慢してつきあってやるために。




不条理、だからこそ


確かにラウリーを襲った数々の事件は悲劇だった、けど、徹底的に客観的な文体や、彼とあまりにも違う価値観の人たちとの会話のうちに、それが当たり前なのではないか、それが彼にとって分相応なのではないか、うんと悪い言葉で言うならば「ざまあみろ」で捉えられるものではないか、と、暗澹とした気分にさせられます。


噛み合わない議論を通じて少しずつ悟っていく過程、それが「恥辱」。己の現実を見つめ、分相応を知っていくこと、それが「恥辱」。だからこそ逆に、そこにほのかな光が差し込んでいるように思えたり。ただただ、作者に敬服です。
「ええ、そのとおり、屈辱よ。でも、再出発するにはいい地点かもしれない。受け入れていかなくてはならないものなのよ、きっと。最下段からのスタート。無一文で。それどころか丸裸で。持てるものもなく。持ち札も。武器も、土地も、権利も、尊厳もなくして」
「犬のように」
「ええ、犬のように」




アフリカ文学??興味ないし。なんて言わせません。

いつの間にやら文庫にもなったようですね。
どん底に堕ちたい人、どうぞ。
【2007/10/25 19:14】 読書 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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