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甘い死の香り
高速道路で追越車線(一番右の車線)を走ってると、すんごく死にたい誘惑にかられませんか??1秒でも思いっきりハンドルを右に切れば、中央分離帯に100キロでアタマから突っ込める。何か一瞬、暗いことがアタマをよぎった瞬間、「突っ込む自分」がものすごくリアルに想像できるし、その破壊に憧れる気持ちは自分の中にはハッキリ認められる。


僕は健康ですし、死のうなんて思ってません。でも、例えばビルの屋上からつま先を半分出してる状態が長く続いたら、ふっと体を浮かせてしまうかもしれない。大江健三郎は少年のとき、岩の割れ目に頭を突っ込んで水中のウグイを見たら抜けなくなって、気づいたら頭から血を流して河辺に寝ていた、なんて体験があったそうです。そのときの気持ちを大江は後に、
よし、このままでいよう、と決心したのでもあったように感じられていた
( ― 「新しい人」の方へ:朝日文庫・2007年、強調原文)
と書いています。

死の香りって近づくとうんと甘くて、ほんの一瞬夢を見させるもの。それを肌で体験した気がしました。


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「『死にたい』と思うことは何度あっても、『死のう』と思ったことはない」と、まぁありきたりの話を先輩にしてたら、「『死にたい』から『死のう』は間違いなく1段階を踏んでしまってるけど、『死のう』の先にも実は何段階もある。なかなか簡単には死ねないよ」と言われました。なるほど。僕は鬱にはなったことがないので分かりませんが、もし多くの鬱の人が『死のう』と思いながら戻ってきたとしたら、たしかにそれは正しそう。だけど、先の高速道路の例の通り、『死のう』からは、状況によってはその先の何段階ものステップをショートカットできてしまう場合があって、『死のう』という言葉はその最後の警告なんだと思った、そんな日。先輩は、9錠の抗鬱剤を飲んで笑っていました。


「人生は地獄よりも地獄的である」(芥川龍之介)

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【2007/11/01 22:32】 社会 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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