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シュルレアリスム入門に ~ 写真美術館
東京都写真美術館、通称「写美」に行ってきました。お目当ては3階展示室の「シュルレアリスムと写真 痙攣する美」


こちらです。
http://www.syabi.com/details/keiren.html


詳しい説明は上記リンクを見てもらえれば分かると思いますが、従来、絵画で語られていたシュルレアリスム(ダリ、マグリットなど)を写真から見る、というのがコンセプト。


ところが初心者にとっては、そもそも「シュルレアリスム」(=「超現実主義」)って何だ!?というのが第一の疑問。これに対する説明が面白い。曰く、
「現実のなかに存在する、より強度な現実」
だそうな。


これだけだとよく分かりませんが、少なくとも「超現実主義」という語感からは、初心者は「リアリズム(現実主義)を超えた、ぶっとんだもの」を想像するのではないでしょうか。(少なくとも僕はそうでした;)


おそらくその理解は間違ってはいないものだけど、ただ、ここでの定義では「現実のなかに存在する」としている。てことは「ぶっとんだもの」ではないのか??


学芸員さんの解説がありました。
「現実ではない」のではなく、現実に「夢」や「無意識」を書き加えた現実なのです。
なんだかヘリクツみたいな感じもしますが、夢や無意識を「書き加えてる」、という表現が面白い。


「美とは痙攣しているものである」と当時の写真家(名前忘れた…)の言葉があったそうな。確かに、写真に限らず、本当に美しいもの(絵画、音楽、写真問わず)には、その構図に独特な緊張感がある。そういう緊張感をさらに意識的に取り込んだ感じが、例えば以下の2つの写真から感じませんか?



植田正治 コンポジション 1937年




モーリス・タバール 題不詳 1930-35年




「写真」の枠を超えて―


特殊な技術を施したものもたくさんあります。写真とは、現実そのままではない。雑誌の写真を切り貼りしてつなげたもの、魚眼レンズのような特殊なレンズを使ったもの、変形した鏡に映った姿をとらえた写真、ネガ・ポジの部分的反転、こういうもので、デコンストラクションを試みている…。


それから、モデルの写真に詩が添えられている「詩・写真集」が展示されてました。詩人はポール・エリュアール、写真家はマン・レイ。なんだか、谷川俊太郎&荒木経惟のコンビを彷彿させますよね。20世紀前半からそういう試みがあったことに驚き。


さらには、植物の茎やおしべ、めしべなどの拡大写真。ミクロな世界を大きく描くのは、絵画の歴史にはなかったことですよね。現実とは、奇妙な形状のものの集まりなんだ、ということを実感します。それと同時に、植物の形状をインテリアなどに取り込んだ建築の歴史、アール・ヌーヴォーと共通点が見出せたり。


===============


写真美術展というと「何を感じたらいいのか分からない」と思うのは早計。現代美術というと難しそうに感じるのは、考え過ぎ。入館料も安く、現代入門、写真入門として、僕は十分楽しめました。


と、書いて、現代写真入門のエントリに、自分自身への復習も含めて。

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【2008/04/11 22:31】 建築・美術 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
太陽の裏側(カンボジア旅行記2)
シェムリアップでは散々でしたが、カンボジア旅行の最初はびっくりするほど順調でした。

最初に入ったのはカンボジアの首都プノンペン。ベトナムに比べてさらに貧しいだろうから、相当な戦争を覚悟していたはずですが、
  • 空港でタクシーを手配してくれ(ベトナムでは運転手が押し寄せてきた)
  • きちんとホテルに送り届けてくれ(ベトナムでは別のホテルに強制連行された)
  • 信号も軒並みつき、カウントダウン表示まであり(ベトナムは無法地帯)

その他、人々はやたらと礼儀正しく(手を合わせてお辞儀する)、親日家が多いのかやたらと「オゲンキデスカー」「コンニチハー」と声をかけられる。街にはあちこちに平仮名、カタカナがある。なぜか。それは日本人観光客が少なからずいることと、もう一つは政府の援助が背景にあるようで、あらゆる小学校や土木建設に日本の資金が関与しているようです(タクシードライバーが一つ一つ教えてくれました)。シェムリアップには遺跡が大量にありますが、インド、カナダ、韓国、日本、その他あらゆる国から修復や保存の資金を受けているようです。


それから、人々の顔が全然ベトナムと違う。日本人と中国人の違いなんかとは比較にならない。インド人とアフリカ人くらい違います。そして民族衣装も違う。みなさんはベトナムの国の形ってどんなのかご存知ですか?大陸でありながら意味不明に縦長で、ラオス・カンボジアとかじっていった後のスイカの皮のような形なのですが(失礼)、これにも地理的要因とか意味があるのでしょうか。


と、そんなマジメな話はともかく。


翌日の観光にはドライバーが一日付き合ってくれたおかげで、あっちへこっちへ好きなだけ動き回って、一日で首都とその周辺郊外を見尽くしました。金ピカの王宮、カンボジアのお寺を巡り、サルを見て象を見て、ポル・ポト政権の歴史の暗い影を見て、まぁこの辺りは普通の観光ルートなので、別に面白くはないんですけど。


ドライバーの友達の兵士の家でリアル射撃をやりました。マジな銃です。ずっしりと重く、耳栓をつけ、安全装置を外して引き金を引く!

ドン!!!


すんごい反動。僕の体の方がぶっ壊れるかと思いました。さらに、連射にするとすさまじい。映画なんかで見ると何でもなさそうですが、僕は翌日体中が痛くなってました。そして狙った的には全然当たってません。のび太のすごさを思い知った日。(ちなみに使った銃はこちら


=====================


そしてもう一つ。通りがかりに、あまりにもぎょっとして、タクシードライバーにここがどこか聞いた街がありました。


日も落ちかかった夕方。ボロボロの集合住宅がありました。コンクリートのガッチリした骨組みの面影と裏腹に、誰も修理しようとせず、修復しようとしない建物。朽ち果てた灰色の巨大な箱にあるのは真っ暗な穴倉ばかりで、明かりはどこにもついていない。建築は自然の中に打ち立てられた記念碑という。でも、ここは違う。人間が建てたものが、自然の退廃の力の前にただただひれ伏した風景でした。そこにどれほどの貧しさがあるのだろう。うんと不謹慎なことを言えば、極限まできたその建物は美しくさえあったと思う。


ここがどこか。タクシードライバーの答えは、「プノンペンの売春街」でした。


砂埃が立ちこめ、その前ではボロボロの服のオジちゃんオバちゃんが屋台の椅子に座っておしゃべり。そして、その向こうにはじっと「待って」いる、死んだ目をした少女達の姿がありました。Tシャツだけが不自然なほどピカピカでした。精一杯の贅沢であり、努力なんでしょう。あまりにもぎょっとしました。


彼女らにカメラは向けられませんでした。廃墟の建物だけ撮って、僕はすぐにタクシーに乗りました。


====================


シェムリアップにて。世界遺産の遺跡に人がうじゃうじゃと集まる中、僕はとある手工芸の店に行きました。郊外にある、そのお店の工房を見学させてもらえるとのこと。ツアーだったはずなのに、参加したのは僕1人。


工房(兼・技術学校)で働いているのは18歳から25歳の少年少女(大部分は少女)。ここで物を作って、技術を覚え、売ったものが工房の資金になり、また新たな生徒を募る。卒業生はある者は実家で生産し、ある者は工房に残り、ある者は都市で働くようになる。僕は機織りを始めて見ました。


南にあるトンレサップ湖に行きました。舗装されていない道路に、吹けば飛ぶような小屋に、半裸で住んでいる人々。ボートでの水上市場の見学の案内を買ってくれたのは、15歳の男の子。英語がものすごく流暢でした。



工房の案内をしてくれた男の人に、最後に言われました。
「シェムリアップは世界的に有名な都市になって、たくさんの観光客が来るようになった。街はどんどん栄えていって、来るたくさんの観光客は、カンボジアって意外と都会だ、そう思って帰る。だけど現実は違う。観光客が来る都市から5キロも離れれば、うんと貧しい村がある。15キロ離れたここは、穴を掘っても井戸水さえ出ないんだ。」
【2007/06/15 20:53】 建築・美術 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
Whole Hall ~群馬音楽センター
音楽好きなら、やっぱり気になる、コンサートホール。
建築好きでも、やっぱり気になる、コンサートホール。
音楽と建築が好きなら、まさに垂涎の的、コンサートホール。


行ってきました、群馬県高崎市。ここに、「現代建築の父」と呼ばれるアントニン・レーモンドの代表作とされるコンサートホールがあります。それが、群馬音楽センター、群馬交響楽団の本拠地です。


いや、これはすごい。本気でビックリしました。群馬に来た甲斐があったというもの。興奮しまくりました。




こちらが外観。コンクリートがどっしりとした無骨なデザイン。建物が出来たのは1961年。今とはやはりデザインが違う。今の感覚で言えば、「ダサい」と言う人がいてもおかしくありません。これのどこがいいんだ?と思った方、ぜひこの記事をお読みください(笑)
(写真はすべてクリックで大きくなります。ちょっと大きめにしたのでぜひご覧ください。)


「60年代」という叫び


入り口を入るとこんな感じ。コンクリートの梁がむき出しになっています。床もほとんど無彩色、どこか暗く、重々しい。いかにも60年代。





さて、奥に2階に通じる階段が見えると思います。この階段、近くでご覧ください。




コンクリートの「うねり」が、強烈なインパクトを与えてきます。曲面の複雑さにさらに輪をかける、沢山の穴。なんと重々しい。思わず階段を「踏みしめて」上りたくなりませんか?


うねる曲面階段を上って、目に飛び込むのは、これまた強烈な色彩の壁。これはレーモンド自身によるデザインの絵。「オシャレ」「コギレイ」そんな形容詞はここには無縁です。





そして上がりきった、このロビーをご覧ください。




壁面、天井の重々しさをずっと見ながら上がってきて、しかしここで目に飛び込んでくるのはぐっと明るくなった床と、そして左側の全面ガラス張りの窓。そして大空間の心地よさ。天井の高さが1階と全然違います。


建物の中を歩いていて、扉一つ開けていないのに、身体がふっと軽くなる。この感覚は驚きに値します。


そして、窓から外を眺めると、高崎城址の緑の公園。この窓は北側を向いているので、光の明るさを取り込みながら、まぶしくなく、暑くなく、そして景色がきれい。北向きの窓など、住宅では「タブー」、それが、こんなに美しくなる。


1階にはレーモンドの簡単な展示があります。ゲストブックに「猛烈に感動しています!」と学生の書き込みがありました。本当にそう思います。


さて、前の写真に戻って、2階の天井、ハの字の巨大部材が目立ちますよね。それを踏まえて、内観をご覧ください(この写真はパンフレットから読みました)。




実は、中の天井も、全く同じハの字の巨大部材(ちょっと分かりづらいのですが…)。内部の意匠が、そのままロビーにつながる、ホールの延長がロビー、という感覚でしょう。その「つながる」感覚は、こんなところにも見られます。次の写真です。





これは、客席と舞台のちょうど継ぎ目。客席の高さが、そのまま舞台の高さになって、床がつながっています。この席はもちろん、前の内観写真に戻ってもらっても、うんと舞台と客席の間の距離が近いのに気づくはず。建築家のこだわりを感じました。


音響を超えて


ところで、僕はこのホールでは演奏を聞いていないので、音響がいいかどうかは分かりません。ただ、何となくですが、「良さそうではないな」と正直思いました。


だけど、それが何だというのだ。このホールは、シンフォニー・ホールのみならず、バレエ劇場として、一般劇の舞台として、また伝統的な歌舞伎劇場にもなり、ワイド・スクリーンを用いた映画館ともなり得るものとして設計されたようです。ホールといえど、音響と同じくらい大事なこと、無視できないことはたくさんあります。


僕はたとえクラシック専用音楽ホールであっても、音響は一要素にしか過ぎないと思っています。演奏形態によって、曲によって、音響の合う合わないは振り回されてしまう、そんなことだけしか見ないでホールの感想を閉じてしまうのは本当にもったいないと思います。


1階から2階に上がったときの体重の変化。窓から差し込む柔らかな光の「解決」。全体を包む、クラシカルな時代性。ホールから、天井を見ながらロビーに出れば、楽章をまたいで同じモチーフが繰り返されるのを感じたかのような、心地よさ。ホール自体にだって、僕ら一歩一歩の拍子に従って体験する「音楽」があります。


レーモンドの「公共曲」


そして、ホールの歴史を紐解くと、さらに見えてくることがあります。

1960年代。日本中が夢を見ていた頃です。

このホールは、建設費の半分が市の予算、そして足りない分は市民の寄付金によって建てられたのだとか。それだけの費用を投じた敷地は、高崎城址という市民にとって大切な歴史的な地。今では考えられないような、文化への憧れがそこにあります。


だからこそ、レーモンドの設計は経済性にこだわっている。
城址の環境や景観に配慮されている。
そして、市民に愛されている。


大建築家だけの手による作品ではない。市民の手による傑作でもあるのです。


デザインが時代遅れだって、そこに時代の美しさを見つけられる。
音楽の催し物がなくたって、そこに音楽を見つけられる。


ただただ、感銘を受けました。そして受付の人の親切なこと。これだって、大事な「建築」の一要素。


建築は、デザインも大事、用途や機能、性能も大事、だけどさらに政治や経済、歴史との絡みを考えてみるのも実に面白いのです。専門家にならない人こそ、見ようと思えば、知ろうと思えば、いろんな楽しみを見つけられるんじゃないかな。


語彙は表現するためだけのものじゃない。
感じるための語彙がもっともっと欲しいと思いました。



余韻に浸って、最後のおまけ


出口を出たら、こんなものがありました。




ただの電話ボックスでした( ̄〇 ̄;)。


明らかに後付け。アホかと思いました。


と、オチがついたところで今日はおしまい。
楽しんでいただけたら幸いです。読んでくださった方、ありがとうございました。
【2007/05/15 03:32】 建築・美術 | トラックバック(1) | コメント(4) | page top↑
新建築と建築展
東京ミッドタウンが今日オープンしましたね。しかし六本木経済新聞によれば、「東京ミッドタウンを知らない」が48.1%を占めるんだそうです。これだけお金をかけた再開発も、これだけの認知度なのかと思ってしまいますが、それにしたって、六本木経済新聞を知らない人が48.1%を余裕で占めてる気がしてなりません。

一応簡単に書いておくと、六本木にあった旧防衛庁の跡地(六本木ヒルズのすぐ近く)に、オフィスだの商業施設、高級ホテルだ高級賃貸住宅だのが入る、六本木ヒルズ2号みたいな感じです。コナミの本社だのヤフーだの、おしゃれなTSUTAYAだの、赤坂にあったサントリー美術館だのが入り、(どうせ学生には手が出ないほど高価なものが並ぶであろう)インテリア店だの飲食店だのが入るんだとか。

このページが分かりやすいです。

表参道ヒルズのときもオープンからしばらくは人が溢れていたので、しばらく経ったら行ってみようかと思っています、が、今行くと面接のネタくらいにはなるのかなぁなどとヨコシマなことを考えてみたり。


あと、東京ミッドタウン内にある建築家・安藤忠雄が設計したデザイン施設「21_21 DESIGN SIGHT」では、オープニング特別企画として「安藤忠雄 2006年の現場 悪戦苦闘」が開催されるらしいです(詳しくはこちら)。4月18日までと公開期間が短いので、早めにいかないとまずそうですね。


そういえば、都知事選で話題の黒川紀章設計の新国立美術館は見てきました。なかなか面白い建築でした。展示もなかなか。マニフェストもなかなか・・げふんごほんぶすん


ブルーノ・タウト


建築に興味のある人向けに(何人いるんだ?)書いておくと、ブルーノ・タウト展も注目の展覧会です。ブルーノ・タウトは、ナチスから日本に亡命した東ドイツの建築家。日本の各地を廻り、「桂離宮」「建築芸術論」「日本文化私観」などの著作を通して、日本建築・日本文化の美しさを「再発見」して世界に発信した建築家です。

代表作「グラス・ハウス」の3次元モデル写真はこちら

展覧会情報はこちらにあります


これも勉強、しかし勉強はこれにあらず


歩きまくりです。国立新美術館に黒川紀章展、東京電力の電力館に駒沢の住宅展示場、TOTOのショールームを見ては住宅メーカーの説明会やら面接やら。ひたすら足で「勉強」していますが、同じエネルギーで机に向かえたらなぁと思う今日この頃です。
【2007/03/30 13:14】 建築・美術 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
豊かさゆえの貧しさ
携帯買い替えシーズンです。僕の携帯は2004年の秋に買ったもの(しかも最新じゃなく)。今まで世間の買い替えシーズンという試練を幾度となく乗り越えてきたのですが、最近アドレス交換のたびに言われる言葉が、ささやかに僕のハートをスクラッチしていきます。

  • 「年季入ってるね~」
  • 「あ、すげぇ、アンテナついてる!」
  • 「え、赤外線ないの?」

「知らないの?これが最新の赤外線カットモデルだよ?」とかボケて失笑を買うのもいい加減飽きてきました。就活の身ですが、そろそろ替えたい気分です。


赤を求めて


今使っている携帯は赤ですが、何を隠そう僕は赤が大好きなのです。赤といっても濃い赤でなくてはなりません。理想はワインレッド。紅色なんて論外です。ところがそれだとauにはない。こうなったら他社に乗り換えるしかありません。幸いナンバーポータビリティーというシステムが整いましたしね。


という話をしたら、色ごときでそこまでするか、と友達に笑われましたが、しかしやっぱり僕はデザイン一番です。例えばワンセグ携帯でL字型に画面を倒すものなど、思わずこっちの首が曲がってしまいそうで見てられません。あと、auはイメージカラーだからかオレンジ色の製品をポンポン出してるのが心底ゲンナリ。今度出るメディアスキンとかいう一風変わったデザインのものは、ラインナップが黒と白となぜかオレンジ。不自然さをごまかすためか、写真で手の色をオレンジ色にしている苦し紛れ感が最高です。この製品に関しては好きそうな人はいそうですが、しかし売れはしなかろう。着せ替えとかにすりゃいいのに。




あと、開いたときにカチッっていう音がしますが、僕はあれが大嫌いです。音がしない、が絶対条件。たまにご親切に二段階カチッカチッと鳴るやつもありますが、憎しみさえ覚えます


完成形の、そのまた先


・・・と、ここまでは好みのタイプを語って暴走しただけで、ここからが本題。カメラ機能が搭載されて、今や500万画素携帯まであります(僕のデジカメは400万画素だというに)。かつては「骨振動でうるさい場所でもよく聞こえる」みたいな通話方面の差別化もありましたが、ハッキリ言ってそっちの試みはもはや絶滅寸前。画素数を上げる、音楽を聴ける、テレビを見られる、そしてとことん小さく軽く、料金体系で斜め上を行ってみたりするキューピー社長まで現れる始末。


「ケータイ」はもう電話にあらず。「通話機能付きデジカメ」なんて言い方さえもう古く、QWERTY搭載なら「ポケットサイズパソコン」、ワンセグなら「キャリングテレビ」、デザインで選ぶ僕としては「2年間毎日着る服」を買う気分です。


通話はおろか、カメラも基本。勝負の行方は付加価値です。果てしなくどうでもいい大問題を抱えた現代、何とも不思議なものです。でも、実は携帯電話が登場した時点では、通話機能でさえ「付加価値」だったはず。ワンセグが「付加価値」になり得た裏には、通話が常識になったことがある。建築などまさにそれ。ハッキリ言ってどんな家でも住めるんです。台所があってお風呂があってトイレがあって、入り口がきちんとして車も出入りでき、南向きに窓があって北側に収納があって、そんな家はいくらでも建てられる。大量生産して町を作ってみんながそこに住めばいい。そう考えて出来たのが51C型という集合住宅のモデルで、それは戦後すぐに完成してしまいました。





隣の田中さんよりワンランクはいい家を建てたいわね


ところが、人はそこに満足しない。「もっともっと」「あれもこれも」を繰り返し、現代の住宅はといえば、コミュニティーだのアメニティーだのサステイナビリティーだの訳の分からない横文字を並べてエラソーに意味づけをしているものばかり。徹底的な付加価値の探求のうちに本当に革命的なものが生まれる可能性はあるけれど、個別の一軒一軒にそれを求めるのは無理があります。


台所が寒い家が建たない。
段差のある家が建たない。
基本レベルはぐんぐん上がって、今はと言えば「一体感を持ちつつプライベートが守れる家」だの「壁がなくて空調が効率いいもの」だの、もはやパラドクスの世界。顧客のワガママはエスカレートし、なのに土地は有限、予算は有限ときたもんです。そしてその中で差別化を図らないと、住宅産業の会社はつぶれてしまう。アネハは時代の象徴であり、彼の逮捕はなるべくしてなった現代の内出血とも見られます。


そして苦しいのは会社だけではありません。同じ予算でどの材がいいのか、どのプランがいいのか、どの会社がいいのか、頭を抱え、足を使い、場合によっては全てが終わっても後悔する人もいるかもしれません。「一生に一度の買い物ですよ」。「一生に一度の買い物」が営業さんに翻弄されるのです。


豊かさゆえの貧しさ


努力するのも大いに結構。でも、商品にしても何にしても、無理な領域は必ずある。それを嘆き悩み泣き明かす前に、果たしてそれが付加価値なのか必要なものなのか、はたまた付加価値だけど自分として譲れないものなのか、そこを正視することで見えてくるものが必ずあるはず。


かつて通話は付加価値でした。音楽ケータイは今の付加価値です。だけど、通話が基本レベルになったように、音楽ケータイがいずれ付加価値の域を脱するものだ、とは僕には思えません。しかし音楽ケータイにこだわりを持つ人なら、それはその人にとっての必要なものとも言えます。付加価値は多様化するものです。その多様化の中で、企業は必死に基本レベルになりうる付加価値を探しているし、基本レベルの達成に失敗したらもちろん、付加価値でしかない付加価値が未熟だというだけで、企業は生きていけなくなります。


僕のようにデザインという付加価値にこだわる人も少なくないのでしょう。販売店に並ぶモデルの待ち受け画面、かつては「いかに文字が見やすいか」と、アドレス帳やメール画面が表示されていたはず。最近の展示は「デザインをいかに美しく見せるか」に焦点を当て、見事なまでの画像がはめ込まれています。





豊かな国、日本。生きるか死ぬかの瀬戸際で暮らす人々を尻目に、かつてないレベルの豊かさ、多様化、相対性が実現されています。でも、その裏には、同じくかつてないレベルの、醜く厳しい争いと淘汰、基本レベルの恐ろしいまでの画一性がある。情報が整理され、何もかもが容易に見比べられる。一覧性の優れたカタログが出来、価格コムのような比較サイトが充実する。求めるものは、付加価値なのか、必要なものなのか。



・・・薬局でリアップを見ながらそんなことを考えた、うららかな春の日の日記でありました。
【2007/03/21 00:41】 建築・美術 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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