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三島由紀夫の「潮騒」
三島由紀夫は「何でも屋」だったようです。作品のテーマは傾向こそあれど、縛られずに色々なものを書いています。この「潮騒」はまさに何でも屋さんのだからこそ書ける作品です。



この物語はスゴい。設定がすさまじいです



主人公・新治は、病気知らずの超健康人。
ウソをついたことがなく、
お世辞が言える人でもなく、
あらゆる道徳観念に従順であり、
勇気があり、
腕の力は誰にも負けず、
島を5周できるほどの泳ぎの達人。


一方のヒロイン・初江はというと、
島に一人でやってきたばかり、
誰もがうわさする別嬪さんで、
よく日に焼けた健康な体を持ち、
無邪気で素直で人懐っこく、
男性を知らなくて、
自分の魅力に気付いていない、そんな少女。
(註:三島の妄想です。僕じゃないです。)


これでもかという程に理想化された男女。
これが前提での恋物語です。



正義は勝つ


さらに、話は王道をガンガン進みます。あー、またこのパターンね、のオンパレードです。
  • 新治にライバルが現れる
  • そしてライバルの初江への「アタック」は失敗する
  • 新治はライバルとの勇気比べに勝つ
  • 「よそ者」の初江がみんなから好かれるようになる
  • 事件が起こり、新治の親と初江の親の仲が悪くなる
  • 初江の親が二人の仲を妨害する
  • しかし万事解決、もちろんハッピーエンド


少女マンガの典型パターンを全部集めたような王道一直線です。何もかも、あまりにも「健全」。というか、ここまでまっとうに筋を組み立てる作品は、現代ではまずないでしょう。ある意味、類まれです。



うちの子をアイドルデビューさせる技


しかしこの「ボンクラ設定」を覆すのが三島の腕の見せ所。美しすぎる舞台の描写、次々と押し寄せるキーになるカット、計算しつくされた知性を感じさせます。


僕が読んでて感じたベストヒットはこの文章です。物語の序盤、新治が初めて初江の「噂」を聞いた後の、心の風景。

…その日の漁の果てるころ、水平線上の夕雲の前を走る一艘の白い貨物船の影を、若者はふしぎな感動を以て見た。世界が今まで考えもしなかった大きなひろがりを以て、そのかなたから迫って来る。この未知の世界の印象は遠雷のように、遠く轟いて来てまた消え去った。


「感動」という大げさな言葉がこれほど説得力を持った文章を、僕ははじめて見ました。この遠く轟いて来てまた消え去った、このイメージが水平線上の夕雲の前、と重なって強烈な色彩感を残します。何でもない風景描写のはずが、これ自体、読者の前で「遠く轟いて来てまた消え去る」表現なのです。


ちなみに、この「ふしぎな感動」は、さらに100ページも過ぎたところでまた新治の心に蘇ってきます。超ハイレベルな伏線です


作家ってすごい。ストーリーが面白いかどうか、を超越した高みにこの作品はあります。是非手に取ってみてください。
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【2006/03/05 01:59】 読書 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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