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運命の分かれミ♭ち
最近悩んでます。ろくに眠れず、眠りも浅く、精神的にぐずぐずしてるだけならともかく、おかげで体調まで壊してしまいました。運命の女神に導かれるままに…いや、いかん、自分で決めないと。あぁぁ、どうなることやら、どうするべきやら。


運命でさえ、ノックするくらいは礼儀正しい


運命といったらベートーヴェンですね。「ダダダダーン」ってやつです。ベートーヴェン曰く「これは運命が扉を叩く音」だそうな。


でもちょい待って下さい。「ダダダ」が扉を叩く音だとして、その後の「ダーン」は何なんでしょうね。音にすると「ソソソミ♭ーーー」。確かにこの「ダーン(ミ♭)」で音が変わるんですよ。


ここでちょっと妄想を膨らましてみます。このミ♭は扉が開かなくて思わずついちゃうため息ではないでしょうか。頑張るけど、ダメ。「ダダダはぁ~~~」みたいな。お、イメージが変わったぞ。新しい解釈に違いありません。


などと、こんな妄想、ベートーヴェンに失礼ですよね。いや、ホントいい曲なんです。ちょっと適当にMIDIを作ったので聞いてみてください。最初のモチーフがパズルのように組み合わさってできる、この高揚感がたまりません。てかMIDIはホントに適当です。ごめんなさい。


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ここでまたちょっと妄想が膨らんでしまったわけです。人生、運命を一歩踏み外しちゃうことだって別に珍しくないですよね?「あー、もうちょっと勉強してれば…」「あのときああ言っておけば…」、ね、でしょ?なので、一歩間違えて、「ソソソファ~」となったらどうでしょうか?


ここをクリック



おおお、スーパー・マヌケ・オーラが漂ってきました。何か「落ちきってない」感じがしますよね。なのでもうちょい音形を落としたくなります。で、さっきのように、この最初のモチーフをパズルのように組み合わせてみましょうか。何てったって、作曲者の意図を正しく汲まないといけませんからね。


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うおおおお、本気でひでぇ( ̄〇 ̄;)。人生の選択がいかに大事かよくよく分かります。



さっきのはあんまりなので、これからは明るい未来を考えることにしましょう。短調の運命なんて、そんな悲しいのはイヤです。長調にしてしまいましょう。ついでに和声も簡単なのが一番。もう何も考えません。さて、最初のモチーフを組み合わせてみます。


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♪なぁんとバカっぽいことでしょう!重く暗かった旋律は、匠の手によってただのバカになってしまいました(ビフォー・アフター風)。




などと、悩みの尽きない今日この頃でありました。
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【2006/04/28 23:37】 音楽 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
半径5メートル以内の日常
自分の世界の狭さに辟易します。「あ、面白そうだな」と思った本が特定のジャンルに偏りすぎというか。先日図書館をぶらぶらしてみて特にそう感じましたし、家に帰ってこのブログを見直してもしかり。ディレッタント街道一直線です。社会、経済など将来必要になるものもそうですし、もっとずっと身近なこと、食べ物や着る物、草花や動物、一人ひとりの仕草や表情、そういった「見えてるものを見られる人」がうらやましい。


「お前少しは3次元に興味を持てよ」という言葉は、別にアニメオタクじゃなくても当てはまるようです。死んだ人の頭の中身の断片ばかり見て、何をしてるんだと。


ということで、また図書館行ってきます。

==============

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【2006/04/27 17:13】 雑記 | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
ホルスト「吹奏楽のための第1組曲」
これはケタ違いの名曲です。吹奏楽は歴史が浅い分スタンダード作品が少ないですが、その中でも圧倒的な存在感を放っています。シャコンヌに始まる不思議な1曲目から、体の芯まで熱くなる強烈なマーチ、3曲目。特に3曲目は涙が出るくらいカッコいいです。こんなのじゃ行進できません。






聴いた録音は「ブラスの祭典3」、佐渡裕&シエナ・ウインドという定番の組み合わせです。ここには同じく吹奏楽の定番、「シンフォニア・ノビリッシマ」(ジェイガー)も入っていますが、こっちが滑稽に聞こえるほどホルストの力が強い。


所詮好みかもしれないけど、どうしてもオケで成功する作曲家はケタが違う気がして仕方ありません。もちろん中にはショパンのように、ピアノ一筋のスーパーマンもいますが、むしろ例外。オケでも成功している三善晃や武満徹の作品が、合唱作品においても他の作曲家を一歩も二歩もリードしているように聞えるのは、偶然ではないような気がします。偶然じゃなくて気のせいかもしれないけど。



ちなみに「第2組曲」は民謡を積極的に取り込んだものでこっちも秀逸(註)。特に最終曲、ルンルン気分のバックに別の拍子で重なるように描かれる「グリーン・スリーヴス」は圧巻です。吹奏楽をよく知らない人も楽しめると思います。ぜひお試しあれ。



註:柏葉47回定演で取り上げた旋律もいくつか出てきます
【2006/04/27 09:28】 音楽 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ついに入院生活
すでに歴史と化してますが、4月5日に入学式ならぬ入院式がありました。大学院です。僕は卒論のときにアミダクジによって希望の研究室に入れなかったため、念願の研究室に配属された今年はかなり楽しみです。


研究は「西洋建築史」。はるか異国の構造物を眺め「あー」とか「うー」とか言う研究室に入りました。工学部とはいえ実質文系の院です。唯一の心配は就職があるのかということですが、心配しなければ心配ありません。わははは。



入院おめでとう?


入学式は安田講堂ですが、学生も入りきれず立ち見になるので、当然親は入り切りません。文学部の大教室でモニター中継されるようで、親はそちらに入ります。親親親が大挙して文学部に出入りする場で、僕とたまたま会った後輩は一言。

「へえ、大学院入学でも親は来るんだ」


ええええ?だって入学だよ?
おめでたいじゃん( ̄〇 ̄;)!!



しかし、ふと現実に帰ってみれば、みんなピチピチの新入生だというのに、テニサーでさえ勧誘してくれません。そういえば、学部の卒業式も結構親が来ていたみたいですが、うちの親に「大学で卒業式をモニターで見れるらしいよ?」と言ったところ、こう即答されました。

「行ってらんないわよ」


…薄情者め(-o-;;)。


ちなみに、この卒業式の日は謝恩会やら何やらがあり11時半くらいに家に帰ったのですが、親はいつもより早く寝て家は真っ暗。観たいドラマがなかったのでしょうか。まぁ22にもなって実家が真っ暗ごときに凹んでいる場合ではありません。卒業おめでとうを言われる気分満々だったのですが、どうやらある意味僕だけおめでたかったようです。



大学「院」とはよく言ったもの


それにしても、周りが次々と就職していく中「モラトリアム万歳!」とか叫びながらケンキュウ特攻隊での突撃を夢見るのは、軽く病んでる気がします。やはり「院」。入院式で僕の隣に座っていたボサボサ頭&牛乳ビン底メガネの大男は、式の間ベンゼン環やら化学式やらがたくさん書いてあるルーズリーフを見て、ずっとウンウン唸ってました。さすが「院」。


少年がうっかり道を踏み外すと少年院に送られます。大学生がうっかり道を踏み外すと大学院に行ってしまいます。そんな現実が身にしみた入院式でした。
【2006/04/20 17:57】 日常 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
指揮は耳と息で見る
アマチュア合唱団では暗譜は半ば当然のような扱いですが、オーケストラや吹奏楽ではまずありません。僕は吹奏楽畑で育ったので、合唱に入った当初は舞台本番が暗譜というのが信じられませんでした。実際プロのオーケストラ演奏などをテレビで見てると、ほとんどの奏者が譜面を見ています。というか、あまり指揮を見ていないような気がしませんか?


とあるテレビ番組で、プロオーケストラの管楽器奏者に、あなたは演奏中どのくらい指揮を見ていますか?というインタビューがありました。


答えは、ズバリ。
「譜面8割、指揮者2割くらいですかね」


ちょっとタイム( ̄〇 ̄;)。オーケストラの管楽器はソリストのようなものです。出るとこ出るとこ全てが重要のはず。それで譜面8割って、いったい何なのでしょうか。


音楽に正義はない


先日、「楽壇の帝王」カラヤン指揮の「幻想交響曲」(ベルリオーズ作曲)をテレビでやっていました。幻想交響曲は、主題が次々に入れ替わるテンポ変化の激しい難曲。それでも団員は顔を上げません。


ところが、この演奏を注意して見ると、普段の拍は適当に流しておきながら、合わせる箇所は驚異的な正確さでリズムが一体になること、そして指揮と音がずれているような箇所でも、旋律の楽器間の受け渡しなど重要なポイントは完璧に処理できていることが分かりました。このオーケストラの連中は、拍を自分たちのリズムと周りの楽器の音で取っていて、指揮者の拍への対応は必要最小限にしているのです。大編成での心の呼吸。この技術がプロの合奏なのでしょうか。


「指揮に合わせる」というと、出る拍全てに合わせようとしたり、その結果指揮者の細かなミスに、あたかも指揮者がそう出したんだから当然だよ、と言わんばかりに自分もズレる、そんな光景が目に浮かびます。しかし、本当は何が正しいかなんてどうでもよくて、いい音楽を聴衆に届けることこそ必要なのです。


責任をなすりつけあっても仕方がありません。楽譜のあらゆるポイントを把握し、十分な耳を持って対応する。その上なら「指揮を見ない」ことさえ、技術的にも信頼関係的にも大きな意味があります。指揮や周りに文句を言う前にやることを教えてくれました。



歴史を紐解くと


考えてみれば、西洋音楽は常に指揮者ありき、ではありません。モーツァルト時代のピアノ協奏曲はピアニストが自分のパートが休みのときに指揮を振る形態で演奏されていましたし(「弾き振り」)、弦楽四重奏などの室内楽では少人数とはいえ、両手がふさがりつつもあらゆるテンポ変化を「息」だけで合わせます。現代でもオルフェウス室内管弦楽団のように、指揮者を置かない演奏で世界トップレベルの演奏水準を維持するオーケストラもあります。時代の流れの中で演奏形態が大規模化し、音楽表現が複雑になることで指揮者が「いると便利」になった、そういう面が少なからずあります。

指揮者とかけて、避妊具ととく。そのこころは。
- あった方が安全だが、ない方が楽しい。


もちろんジョークです。まぁどっちがいいかの判断はさておき、現代は「ない」方が特別な時代だということですね。




あれれ、結びがいまいちになっちゃった。
【2006/04/17 23:29】 音楽 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
むちゃくちゃいそがしい
意味分からんです。

6時に起きて1限2限を普通に出て、
3限は授業を聞きつつ院生の手伝い内職。
4限は途中で抜けて先生と面談。

本郷練・合同練、まとめて休み。
昼食は昨日のパンの残り。
夕食はコンビニ肉まん×2。
明日は本郷→駒場。

明日まで、と、独文資料の英文訳を頼まれました。

ワタシ、ニッポンジンアルネ。
【2006/04/14 23:32】 雑記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
グラグラ・アフタ・グラジュエーション
新年度に入ってから言うのもなんですが、無事卒業できました。とはいえ、これは決して形式的なものではなく、実は結構ドキドキイベントなのです。


卒業式@安田講堂は午前中でちゃっちゃと終わってくれましたが、建築学科はそう簡単には終わりません。他の学科の連中は「卒論優だった~」だの「無事に卒業できる」だの勝手にのたまってましたが、建築学科はそうではありません。こちらは成績発表が卒業式の後という、下手すると「結婚してから実はアタシバツイチだったの的状況」になりかねない学科なわけです。


その成績発表は、卒業証書授与と同時というなかなか素敵なものでした。場所はカップラーメンの香り豊かな製図室。一度は清掃が入ったはずが、厳粛極まるセレモニーは、早くも担ぎ込まれた泊り込み用布団をバックに行われました。


おおお、単位足りてる…!
軽く感動してしまいます。


…いや、それだけでした。すみません。



卒業後…


証書をもらうと、進路についてみんなの前で簡単に報告します。就職する人、院に進学する人、他の大学の大学院に進む人、様々でしたが、中でも驚いたのはこの発言。

「○○改め××です。結婚したので、4月から専業主婦になります


えええええ?ケケ…ケッコン?


いや、別に不思議じゃないですよね、22歳ですし。
小学校のころの友達が娘を幼稚園に連れていってるとか、柏葉の先輩が団内恋愛から結婚したとかそういうのは聞いてましたけど、いつの間にか同級生がそうなったと目の前で宣言されると、さすがにビックリです。


てか、よく考えたら結婚したことにではなく、進学も就職もせず専業主婦になることに驚いたのかもしれません。22歳の大英断。別に専業主婦(夫)になる可能性は誰でもいくらかはあるはずですが、僕は進学の時にはそんなこと1秒も考えませんでしたよ。



4月。新年度の始まり。同い年の大半は就職しました。卒業設計と違い、徹夜したって仕上がらない将来設計。2年間でその構想ぐらいは練りたいものです。


…最後だけカッコつけてみました。すみません。
【2006/04/13 12:11】 日常 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
入門から苦悶
四月病かもしれませんが、非常に忙しいです。何てったって初めての歴史研究室。僕の入った西洋建築史の研究室に修士1年は4人いますが、僕以外の3人は卒論を歴史で書いて、歴史の勉強会をずっと続けてきた人たち。普通に建築の成績もよろしい。新参の僕だけ何も知りません。


何から始めたらいいんだろ?訳も分からぬうちに、こんな本を読み合わせる成り行きになってしまいました。

「近代建築の歴史」




ずっしりです。890ページ。専門用語だらけで、何も分かりません。


この本の帯に、推薦の言葉が書いてあります。書いたのは、我らが研究室の大先生。


曰く、
「われわれが手元に置くのにもっともふさわしい」


マ、マジですか?( ̄〇 ̄;)
てか、「われわれ」って誰ですか?


読書会を行いました。何も分かりませんでした。


ケネス・フランプトン著の「現代建築史」を読むといいらしいです。こっちは690ページ。同期の人に、「いずれ読むんだから英語版でも買っていいと思うよ?」と真顔で言われました。


・・・僕は産業革命がいつか、とかから勉強しなければなりません。
【2006/04/12 01:18】 雑記 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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