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残響
定演が終わりました。演奏会前に書きたいことは沢山あったのですが、時間と余裕のなさでズルズル放置し、現在年賀状とバイトに追われています。そしてその一方で、数日経ったはずの今でも、まだぼーっとしてしまいます。

お礼を言いたい人がたくさん。更新、その他、もうしばらくお待ちください。
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【2006/12/27 01:46】 柏葉 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
幸せになるための一番の方法はね、人を幸せにすることなんだよ(E.ケストナー)
柏葉会で活動するようになって、自分が一番変わったのは演奏会観ではないかと思います。高校時代「観客は1人でも十分」と豪語し、観客のことなど何も考えなかった(むしろ考えることを愚かだと思っていた)自分は、柏葉のパトリや指揮者が「観客に声を」と当たり前のように言うのに、ものすごく衝撃を受けました。

以来、考え方はまさに180度近く変わった気がします。そして、定演委員会にもずいぶん関わらせてもらいました。

2年次にはプログラム委員長
3年次には定演副委員長
4年次にはポスター製作(広報?)・男声室長
5年次には備品係補佐・ソリスト応対

同期の友人から、「雑用度が年々上がってるね」とお褒めの言葉を頂きました。大変恐縮です。


拍手が欲しい。


柏葉の定演まで一週間を切り、切実にそう思うことが多くなりました。演奏が終わって、身じろぎもしない観客。この余韻、この緊張感こそ終演の醍醐味ですが、もしも、それが永久に続いたらどうなるのでしょうか。「冷たい」目で見られ続ける演奏者。ものすごく不安になるだろうし、演奏が失敗だったと思って落ち込むかもしれません。演奏者はわがままです。来てくれるだけで十分だ、のはずだったのに、拍手がないと落ち着けない。心からの拍手なんて、もしかしたら半分もないのかもしれない、それでも拍手が欲しい。


演奏後の余韻と小さな沈黙は、真剣に演奏した後の最大の望みのはず。でも、その沈黙には限度があるのです。そこを救ってくれるのが、他ならぬお客さん。いい演奏を聞かせるのも大切だけど、いい拍手をもらっていることを忘れてはいけないと思います。かけがえのないものをもらうのは、(特にアマチュアの場合)むしろ演奏者なのです。


演奏会場はコミュニケーションの場。人間と人間が向き合う場所です。演奏会の拍手なんて、定式化された一種の社交辞令かもしれないけれど、観客と演奏者をつなぐ、大事な大事な命綱でもある。拍手に値するものを、自分なりにちょっとずつ積み上げていかないとね。


みなさん、お待ちしています。


<東京大学柏葉会合唱団 第53回定期演奏会>
日時:2006年12月23日(土・祝)・開演16時00分
会場:昭和女子大学人見記念講堂(三軒茶屋駅より徒歩7分)
料金:全席自由1000円(予約700円・65歳以上無料)
曲目:
「柳河風俗詩」 作詩 北原白秋 作曲 多田武彦
「Agnus Dei」 作曲 K. Penderecki
「Agnus Dei」 作曲 S. Barber
「クレーの絵本 第1集」 作詩 谷川俊太郎 作曲 三善晃
「季節へのまなざし」 作詩 伊藤海彦 作曲 荻久保和明
【2006/12/19 01:19】 柏葉 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
最も長く感じる5秒はカウントダウンするとき
柏葉帰りに行ったとある焼肉店。僕のテーブルで、向かい人とはす向かいの人と隣の人が、それぞれおなかを壊したらしいですが、やっぱり僕も壊しました。微熱があって、今日医者にウィルス性の胃腸炎だと言われました。でもノロちゃんではないようです。恐らく焼肉のせいでもありません。

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思ったよりやることがたくさん出てきました。明後日定演だとか言われたらパンクするけど、一方で定演が1ヶ月延期とでもなったら、僕は爆発します。肉体的にも精神的にもいっぱいいっぱい。この感覚は、サブパのときのような「忙しい」のとはちょっと違う。忙しいのは事実だけど、毎日が恐ろしく長い。僕なんかがこんなこと言ってる場合じゃないけどね。頑張らないと。


アホ記事でごめんなさい。
ちゃんとしたのは今晩アップします。
【2006/12/18 17:22】 雑記 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
ルサンチウーマン
今日電車で座っていたら、目の前に女子高生2人組がやってきました。そいつらの話し声のデカいことデカいこと。

曰く、

A「てかさー、何あいつ、マジいい気んなってるよね

出た出たって感じです。


A「いちいちムカつくこと言ってくるよね~」
B「ね~、ちょっと頭よくてカワイイからっていい気になりすぎだよね」
A「てかこないだ!あれ、マジでムカついたんだけど?
スカート短い人がいるからちゃんとしましょうとか言っときながらさ、
あいつだってフツーに短いじゃん!
B「そうそう、ウチも思った!何であんなのが男子にモテんだろうね。
あれじゃ絶対うちらの方が性格よくね?


本気で吹き出しそうになりました。いやいや、あんたがた性格よかったんですか。いろんな意味でおめでとうございます。



…黒い話って醜いもんですね。他人がしてるのを見て初めて分かります。

人の振り見て、我は見ぬ振り。…ん?
【2006/12/12 00:51】 日常 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
天への祈り、天への建築
500年かけたケルン大聖堂、この建設費用は今に直せばいったいいくら位なのでしょうか。献金すれば救われるというある種の愚直さの象徴であると同時に、信じるものが「変わらない」からこそ完成した建築です。自分が生きている間に完成しないのは百も承知。でも、子のために、孫のためになる、という確信が見て取れます。






太古の「大建築」に、旧約聖書の「バベルの塔」があります。天まで届く建築を完成させたい。しかし、あくなき神への挑戦は失敗に終わります。それでも人は大建築を作ることをやめませんでした。そして時代は流れます。




(ブリューゲル「バベルの塔」(Wikipediaより))


無宗教時代の無宗教国、日本。国民年金さえも高齢化社会でちゃんと元が取れるのかどうか分からないなどと言われる始末ですが、子のため孫のためにどれほど尽くすことが出来るでしょうか。都知事や首相は神になり得ません。だから、「神が死んだ」後の近代建築はエコノミカル。大型建築は変わらず建ちますが、何百年単位のプロジェクトなどはまずありません。


バブルの塔


東京都庁の総工費用は約1600億円。さらに年間の維持管理費はなんと40億。デザインはともかくこの費用には、出来た当時から批判もすごかったとか。当然ですよね。まさにバブルの産物です。都民1000万人の割り勘という単純計算をすると、入会金1万6000円、年会費400円の強制徴収(バランスの悪さは気にしない)。都庁にちょくちょく足を運んでいる自分の目からしても、これでは「元が取れた」気分にはなりません。ゴシック教会の人件費に比べれば遥かに割安なのでしょうが、現代では考えられない高コスト建築なのです。


しかし、その額が妥当かどうかはさておいて、その意味について考えてみると、都庁のみならず教会の見方が変わってくるように思えます。教会と都庁。どちらも街の代表格たる建築であり、建物自体に機能以上に象徴的な意味も与える建築です。都庁は着工が1998年、竣工(完成)が1990年、わずか2年あまりで完成しました。これだけの建物をこの短期間で完成させる、まさに最新技術のなせる技であり、バブルのなし得た奇跡であり、1600億を惜しまぬ日本の裕福さ、それを支える人口です。そしてそれに感心する一方で、改めてゴシック教会を振り返ったとき、本当に「祈り」の秘めるすさまじいエネルギーが見て取れる気がします。「祈り」は、これだけの奇跡の連鎖と比肩しうるのです。


これが都庁。設計は言わずと知れた丹下健三です。





バブルの塔と言われた都庁、そのデザインは、どこかしら天に向かって両腕を伸ばしているかのようです。それもそのはず、都庁はゴシック教会の代表格・フランスのノートルダム寺院をデザインに取り込んでいると言われています(写真を掲載します。ね、似てるでしょ?)。





意味としても、造形としても、比較に耐えうる建築です。確かにコストは問題かもしれない。でも、都庁は一つの記念碑であり、「現代」を感じさせる偉大な作品だと思います。


表現手段は変われども


教会は、空間の聖書でもあります。だから、教会に入ると言い知れぬ神秘を感じます。ワガママかもしれないけど、無宗教の現代の建築も、何かしらそういう面があってほしい。何かを発信するモノであってほしいし、受け手としてもそういうメッセージを受信できる・読み取れる人になりたい…。もちろんコストの問題は避けて通れないけどね。


西洋と東洋。中世と現代。バベルの塔は崩れても、分かり合えるものがなくなったわけではない。芸術の力を信じたいのです。
【2006/12/08 13:17】 建築・美術 | トラックバック(1) | コメント(0) | page top↑
映画「逢いたくてヴェニス」
ついに、この映画のDVDを買ってしまいました。欲しかったんだもん。本当に。(画像はクリックすると大きくなります)




ドイツ映画にはスカッとする秀作が多いですが、この作品もその一つ。邦題だけ見ればベタベタのラブ・ストーリーという感じがしますが(原題は「2 Maenner 2 Frauen - 4 Probleme」(2人の男と2人の女の4つの問題…って、全然違う)、非常に爽やかなコメディー作品です。

とにかく根本的にムチャクチャです。2組の夫婦で、あっちの男とこっちの女が浮気で逃避行。それを嗅ぎつけたあっちの女がこっちの男を拉致してドイツからイタリアまで追っかける、という話。


女が水鉄砲で男を脅し、おもちゃの手錠でしばりつけ、車でイタリアまでこぎつけて、それでもひたすら、走る、走る。男が、「道は分かるのか?」と聞けば、女は「当然」と答えます。しかし、女が膝に広げている地図はこんなの。(画像はクリックすると大きくなります)





こういうおバカなセンスが大好きです。


結末もムチャクチャなくせに、なぜか爽やか。
ドイツ映画のオススメです。
【2006/12/07 14:20】 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
「免罪符」に見る祈り
正しくは贖宥状(しょくゆうじょう)と訳すらしいです。

カトリック教会が発行した、お金と引き換えに罪が軽減されるという証明書。宗教改革のきっかけになった、カトリックの腐敗の象徴です。世界史で習ったときには「お金払って救われようだなんて、昔の人ってアホだなぁ」と思ったもんですが、今はむしろ分かる気がします。お金を払えば救われる、という言葉そのものにはバカな匂いがぷんぷんしますが、それでも救われたい気持ちと、教会に貢献することで救われるのではないかと本気で期待してしまう気持ちは、決して理解できないものではないと思います。


そもそも、贖宥状も本来そう不純なものではないのです。イスラムから聖地を回復するための十字軍の時代に、従軍できない者が寄進を行うことでこれに代えたのがその始まり。軍に行けないから神のためにお金で貢献、「立派なこと」に思えます。そして、ある教皇が大聖堂の建築のために、贖宥状の購入者に全免償を与えることを布告したのです。そして、カトリックの教会は完成しました。それが世界遺産の、イタリアのサン・ピエトロ大聖堂。キリスト教の教会建築としては世界最大級の大きさです。(クリックすると拡大します。Wikipediaより)





そういえば、ドイツにあるケルンの大聖堂も完成まで500年以上かかっているはず。どれほど献金しても、生きている間に見ることさえ出来ない、夢の建築。天に向かって両腕を思いっきり伸ばすようなその形が、悲しいくらいきれいに思えます。(去年の写真より)





大勢の人が信じたこと。何百年も受け継がれたこと。世界史の勉強でそれを愚かだと笑うのも分かるけど、一方でこういう建築を見ると全く違う側面に気付きます。この美しさ、力強さ、そしてそれらを作った溢れんばかりの祈り。その気持ちが決して自分たちと無縁じゃないことがひしひしと伝わってきます。建築は、そういう力を示す、類まれな、そして恐らく「最強」の芸術のような気がします。



そして柏葉の話。
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【2006/12/04 00:33】 建築・美術 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
財布は大寒
音取りMIDIのことやら、謝礼やらで柏葉ではお金に厳しいイメージがあるかもしれませんが、それはあくまで他人の財布に関わる話。自分のお金に関してはかなりルーズです。口座の通帳は全然つけてません。まとめてでいっか、と開き直っていたら、8ヶ月分「おまとめ」されてしまい、通帳には見事な空白。おかげでこの間、何にいくら使ったのか全くの不明です。

で、久々に11月にいくら使ったんだろう、と思ってネットバンクで見てみたら、自宅生とは思えない額を使っているのき気付きました。どーりで貯金が減るわけです。さらに過去のを見てもこの使いっぷりは例外じゃないとか…。

しかし一体全体何に使ってるんでしょう。。食生活は壊れてるし、服も冬物最低限、演奏会チケットも買ってないし、遊んでる気はそんなにないはずですが。


喉元過ぎて熱さにビックリ



その最近の通帳を見ていたら、恐ろしいことに気付きました。

・・・・・・・・。
先月分、バイト先からお金が振り込まれてない( ̄〇 ̄;)。


まさかと思って何度も確認しましたが、やはりおかしい。電話して調べてもらい、30分後に謝罪されました。書類が重なってまして…だの何だの。本気であぶねぇよ。


「おまとめ」で記入された8ヶ月、僕は本当にキチンと給料もらっていたのでしょうか。。。以後、気をつけます。
【2006/12/02 02:08】 日常 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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