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冷戦ももはや歴史
ドイツ映画はよくやってるなぁ、という前回のエントリに書きましたが(えぇ、そういう趣旨のエントリですよ)、最近また新しく面白そうな映画が公開されたようですね。

映画「善き人のためのソナタ」(2006年・ドイツ)

何でも2006年に作られた映画で、アカデミー賞の外国語映画賞にノミネートされたようです。舞台は1984年、東西冷戦下の東ベルリン。国家保安省のお役人が、とある芸術家カップルの「反体制」の証拠をつかむために盗聴・監視をする中で、次第に彼らに惹かれていく、というもの。

監督は若干33歳のドナースマルク。「90年の東西統一から16年が過ぎた今も人々が触れたがらない過去を、端正な物語にしてみせた」といいます。また、主演のミューエは実際に、妻に密告されていた過去を持つとか。この監督は、同じく東西ドイツ統一の時代に生きた親子を描いた「グッバイ・レーニン」の描き方を「行きすぎ」だと批判しているけれど、じゃあ彼は果たしてどういう風に「近くて暗い歴史」を描いたのか、興味深いところです。是非観たい映画のひとつ。


と、言いたいところですが、公式サイトを見てちょっとゲンナリ。

どうでもいいっちゃいいんですけど、こういう社会派ドラマに異性愛を持ち込むのは僕としては正直苦手。「パール・ハーバー」(2001年・アメリカ)もそうですが、何かウケを狙っているような、寄り道しているような、安っぽくなる印象が拭えないのです。


・・・というのは観てから言うべきか。マジメな映画はガッチリ硬派に作ってほしい、のですが、これがどれほどマジメな映画かは分かりませんからね。観た人は感想聞かせてください。

(参考:読売新聞の評



載せざるを得ないもの


原稿を扱う人が、お偉いさんに原稿を頼んだとします。どこどこに掲載しますから、よろしくお願いします、って。で、出てきた原稿が「なんとビックリ、アイタタタタ、・・・どうしよう??」みたいな。こんなこと、サークルなどでも編集系あたりをやった人は経験あるのではないでしょうか。

映画の宣伝に、有名人が「感動的だ」「泣きました」みたいなコメント出しますよね。この映画の公式サイトには、なんとドイツの首相、アンゲラ・メルケルさんが「コメント」しています。曰く、
「チケットを買ったのに気持ちの整理がつかず、直前でキャンセルしてしまいました。」

こんなコメントでいいのか???( ̄〇 ̄;)

「印象的な宣伝」で、ささやかにイメージアップです。
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【2007/02/18 02:01】 映画 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
悪魔の肖像、最初の一筆
映画「ヒトラー ~最期の12日間~」



歴史に残る極悪人、ヒトラー。第二次世界大戦の最大の戦犯の、最期を描いた映画です。その人物に、真正面からスポットを当てての、初めての映画化。そして、その製作国は他ならぬドイツでした。

~~~~~~~

この映画では、ヒトラーには「英雄性」のかけらもありません。よく知られているプロパガンダ手法、演説の技術、彼がいかにして総統の地位まで登りつめ、世界と闘うに至ったか、などは一切描かれません。描かれているのは、すでに絶望的な戦況での、半狂乱で、弱さを露呈した「人間・ヒトラー」。

ヒトラーはすでに正常な判断力を失い、わずかな兵力をどんどん破滅の道へつぎ込んでいきます。ヒトラーに反論する側近もいれば、そっと裏切り、離れていく側近もいる。ヒトラーは怒り狂い、処刑を命じますが、逃げる側近を追う兵力さえありません。

それなのに、「総統への忠誠」へのために何が何でもヒトラーについていこうとする愚直な側近もいるのです。明らかに絶望的な状況だと分かりながらも、忠誠に賭けることに「迷いがない」人たち。運命を自ら滅ぼしていく、戦争の宿命。ヒトラーの愛人・エヴァもその一人でした。最後の砦、首相官邸の地下要塞で、小さな小さな結婚式を挙げます。それが、自殺の直前。


何度も何度も描かれる、ヒトラーの狂気、ヒステリー。この映画では、ユダヤ人の話さえ一切省かれています。ヒトラーを「歴史上の悪魔」としてドキュメンタリーに収めるのではなく、彼のやさしさや弱さにも光を当てて、むしろ人間として地続きにさせられているところに強烈な痛切さがあります。そして、そのあまりの痛々しさから、彼の自殺さえ、ヒトラーのそれまでの戦いの当然の帰結のように思えます。冒頭から死臭が漂うのです。・・・。


監督は、「es」のオリヴァー・ヒルシュビーゲル。映画後進国のドイツが、これでもかというくらいにお金をつぎ込んでいる大作です。ヒトラー役のブルーノ・ガンツの演技も圧巻、鬼気迫るものがありますよ。USENのサイトで、現在無料で観られます。興味がある方は是非ご覧下さい。(2007年3月1日まで)


芸術とメディアと歴史


ナチスに関して様々な映画が製作されていますが、それでもヒトラーを正面から描くことはやはりタブーだったようです(チャップリンの「独裁者」や、若きヒトラーを描いた「アドルフの画集」などは僕も観たことがありますが)。

話をアジアに飛ばします。この手の戦争映画を観ていつも気になるのですが、太平洋戦争、日中戦争を、正面から描ききった映画はあるのでしょうか。アニメ「ほたるの墓」のような、戦争の最中の貧しさを描いたものは数あれど、旧日本軍の蛮行、とりわけ中国や朝鮮半島での史実を描いたものは、日本で公開されているのでしょうか。中国や韓国で少なからず作られてはいないのでしょうか。

僕は映画には詳しくないので、もしかしたらたくさん作られていて、売り上げが伸びずに話題にならないだけなのかもしれません。でも、中国や韓国で少なからず作られているのでは、そして、もしかして政治的な、治安の上での配慮から、まだまだ日本に公開の規制がかかっているのではないか、と想像したりもします。映画に限らず、ドキュメンタリーもそう。「戦争」を伝える番組はNHKを初め多くのテレビ局が手がけはしていますが、日本人の語りによる日本軍の苦しさを描いたものがどうしても目立ちます。もっと、多面的に観たい。戦争は一国でするものじゃないですからね。

ドイツと日本は違います。ドイツが頑張ってるのに日本は、などと言うつもりは全くありません。でも、現にドイツでこうした話題作が公開され、日本で大作が出てこない(他国製作のものも含めて)現実を、ドイツと日本は「違う」の二文字に押し込めることには、多少のムリが生じているように思います。

現実問題として日本軍に触れたものは、史実かそうでないかとあっという間に騒ぎになります。公開なんて出来ないのかもしれません。政治に映画はつきものです。映画はそういう芸術だから仕方がない、のかもしれません。でも、「もし」、規制がされていたとしたら、それは「芸術としての映画」の悲しい側面になるのではないでしょうか。

「反体制」として西側の文化を制限し、芸術を「共産主義を理想的な社会秩序として賛美するため」のものとして位置づけたのが、スターリン体制でした。「あるある大辞典」問題でも露呈したメディアへの過信。戦争についても、少しは感覚を磨いておきたいものだと思います。


本田勝一の「中国の旅」


本田勝一、という名前にピンと来る人も少なくないらしいですが、1960年代ごろから活躍した朝日新聞の看板記者です。朝日新聞に連載され、後に出版された「中国の旅」では、日本側のジャーナリストとして初めて南京大虐殺を開陳するなど、中国視点の著述で話題になりました。

その著作には、確かにすべてを真実とするのは疑わしいものがあります。しかし、インターネットをちょっと巡れば、彼や彼の著作について、極めて強い嫌悪感をむき出しにした人の多いことに驚かされます。追研究・著作が出てこないままの状態で、史実か虚偽かで大きく騒がれる現実。一記者の著作でこれなのですから、映画などやったらとんでもないことになりそうなのは容易に想像がつきます。

そして、その「中国の旅」の一節で取り上げられている「日本兵による百人斬り」について裁判が行われていました。「百人斬り」とは、1937年に4回にわたり南京侵攻中の両少尉が、どちらが先に中国兵100人を切り倒せるか競争していた、というもので、この報道について、旧日本軍将校2人の遺族が「虚偽報道で名誉を傷つけられた」として、毎日新聞社や朝日新聞社、本多勝一らに計1200万円の損害賠償などを求めていた次第です。最高裁判決は、1審、2審の「具体的内容には虚偽、誇張が含まれている可能性がないとは言えないが、競争自体を記者の創作と認めることは困難」というものを支持、上告を棄却しました(この判決は2006年12月、つい最近です。この判決に関する報道の詳細はこちら)。

もちろん、だからと言ってこの著述が「史実」であることが認められたわけではありません。結局、追研究がなされていないのが痛いのです。この記事が書かれたのは1971年、判決から35年も前のこと。消息不明になったり変装し逃げ隠れすることになるかもしれない、この現実に耐える記者、芸術家を待つ間に、あまりにも長い年月が流れすぎたように思います。


トラウデル・ユンゲの証言


脱線しすぎましたが、話をドイツに戻します。映画「ヒトラー ~最期の12日間~」には、ヒトラーの遺言をタイプした秘書、トラウデル・ユンゲの独白が挿入されています。彼女は映画の中ではすでに髪も真っ白になった老婦人。戦争を知る世代も、この年になってしまったのかと思い知らされます(2002年に亡くなっています)。それだけに、その言葉は重い。

戦争を知る世代が少なくなってしまったから今のうちに話を聞いておこう、それも大事なことです。でも、それさえ、もしかしたらあまりに楽観的過ぎるかもしれません。史実かどうかさえ、そしてそればかりが水掛論争になりかねないところまで、戦争は過去のものになってしまっているのです。もっと早くきちんと反省していればよかった、もっと早く研究していればよかった、そういう結果論に陥ってもおかしくないレベルまで、僕ら現代人の無知は進行しているのかもしれません。そんなことを思った映画でした。



最後に、もう一度この映画のリンクをあげておきます。映画の内容にはほとんど触れられませんでしたが、一度観るだけで印象に残るシーンはいくらでもあります。


(註:コメント・トラックバックは開放しておきますが、管理人の主観的判断において予告なく削除する可能性があることを、改めてお断りしておきます。)
【2007/02/15 15:15】 映画 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
探して発見、探され回顧
アクセス解析を久々に覗いてみました。目当てはこれ。サーチワード。いったいこのブログに、何を検索して辿りついたのか、というやつです。

まぁ予想通り、ほとんどが芸術系の、建築とか音楽とかの人物・作品の名前なわけですが、そのランク上位の中にこんな言葉があって、燦然と輝いておりました。

ジャイアンの身長

うそぉ!?( ̄〇 ̄;)
と思ってググってみると、なんとトップに表示されます。てか、記事の内容がジャイアンとは全くと言っていいほど関係なく、反応しているのはコメントに対してです。反則だろ。


ちなみに、下位の方には、こんな無駄な試みの跡がありました。まぁこういうのを探している方もいるのでしょうが。

ドラえもん ドイツ語 歌詞(google2位)

んなもんねぇだろ、普通に。




それから、他にも
  • おばさんの欲望(google1位)
  • 2ちゃんねる 柏葉会合唱団(google2位)
  • 電子レンジを発明した人(google7位)
などもありました。「おばさんの欲望」というのは、言葉が言葉だけに他の検索結果を見ると結構アダルティなものがありますね。そんなものとは縁もゆかりもない健全な著者のブログだというに、まったくもって嘆かわしい限りでございます


こうやってそれぞれの言葉を見てみたり、あるいは検索してみたりすると昔の自分の記事を読み返す契機になって、ちょっと懐かしいものがあります。mixiにはない良さですね。
【2007/02/10 12:56】 文章 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
我らが故郷、製図室
思い出しますね。去年のこのシーズン、僕は毎日毎晩のごとく製図室に閉じこもり、卒業設計に取り組んでおりました。他学科の人から「建築って大変なんだってね」と言われたら、僕はまったく謙遜しないで「ホント、大変だよ」と答えます。卒論を提出してからのこの卒業設計。今回はその素晴らしき環境を、写真解説付きでご紹介します。
(写真はすべてクリックで(若干ですが)大きくなります。なお、この写真は2005年撮影のものです。)


設計の前提


建築学科は社会基盤と一緒に工学部一号館を使っています。由緒ある古い建物ですが、その後の改築で吹き抜けの中庭が製図室になりました。その製図室が僕らの作業場です。

中庭、ということは、あらかじめ面積が決まっています。つまり「必要なスペースを作業場に設けた」のではなく「存在するスペースを作業場にした」わけです。ここからすべてはスタートします。


安心設計、我らが製図室


まずは入り口。誰もが入りたくなる幅広いエントランス、たまらない魅力です。





これなら地震や火事があっても、一斉に天国か地獄に避難できること請け合いです。何てったって、周りは燃えやすいものばかりですからね。

こちらは上の階から撮った写真。





これぞ建築。足の踏み場さえ節約する空間の有効活用にご注目ください。

見にくくて申し訳ないのですが、よく見ると写真下の方で黒い服の人が睡眠を取ってらっしゃるようです。製図室は24時間営業が当たり前なので、いつでもどこでも変わらないサービスの睡眠が取れます。日本国憲法第25条の言葉を借りれば、「不健康で非文化的な最低の生活」が保障されてるわけです。


法を遵守する、我らが製図室


ちなみに作業場の上には「キャットウォーク」と呼ばれる空中の通路があります。直訳すれば「猫が歩く」となるわけですが、なるほど納得、確かにこれは人が歩ける通路ではありません。





そして次の写真。まくら?ベッド?と驚くなかれ。こうやって布団や寝袋、簡易ベッドを持ち込むのは基本中の基本




そのすぐ脇にはこんな張り紙がしてありました。




まぁこれは納得で、紙の大きさ(B5)から分かるように、実はこの手すり、スカスカで棒と棒の間が30cm近く空いています。うっかりすれば人が簡単に転落できるという、心優しい安心設計です。ちなみに手すりの高さは1m程度。


そして、階段に至っては、手すりの高さは太ももにも満たない高さです。手すりにつかまるのでさえ、低すぎて不便。何のための手すりだと激しく問いたい。





質問していいですか?建築基準法では、バルコニーの手すりは最低110cmと決まっていたと思うんですが、気のせいですか?確かに「バルコニー」ではないですけど、そういう問題ですか?

きっとやむにやまれぬ事情があるのでしょう。潤沢な資金を抱えている東大工学部とはいえ、学生の命より大切なお金を手すりを高くするごときに使うわけにはいかないのです。お金は大事ですからね。

ちなみに前に某教官が「お役人の査察が入ると大変なんだよ」とこぼしておりました。そりゃそうだ。



環境にやさしい、我らが製図室


匠の建築は、環境面でも素敵な配慮を見せてくれます。この巨大な柱が暖房器です。




ちょっと考えれば分かりますが、このバカ高い天井で、こんな高い位置に暖房器をつけたら、間違いなく惨憺たるエネルギー効率になります。対流もなにもありません。

建築分野は国の二酸化炭素排出量の3分の1を占めている、だからエコに配慮した設計を心がけましょうね、と言ったのはどの学科のどの教官だ

国がどれだけ頑張ってチーム・マイナス6%と言おうが、我ら建築学科はやる気マイナス6%です。法人化しましたしね、もう知りませんよね。


効率が悪いといっても、別に1階の作業場が寒くなるわけではありません。ガンガンに炊けば暖房の熱は回ってきますし、暖房機の代わりに生ごみというアロマの香りが僕らを癒してくれます。誰だよ、カップラーメン食べたヤツ。



孟母散々の教え


孟子の母は孟子を育てるにあたり、まず墓地の近くに住みましたが、孟子が墓堀人夫の真似ばかりしているので、これはいけないと思い、市場の近くに引っ越しました。すると今度は商人のまねばかりするようになったので、これもいけないと思い、三度目、塾のそばに引っ越しました。すると孟子は 祭祀の道具を並べ、礼のまねごとをするようになったので、「こういうところこそ、我が子を育てるのにふさわしい」と喜んだそうです。


僕ら東大建築学科は、学科に入ったときから、自己中なデザインや資金のやり繰りがいかに人命や法律や地球環境より大事かを、こうして身を持って学んでいるのです。教育の要素に環境は欠かせません。使う人のことを全く考えないメイド・バイ・トーダイの建築の数々は、こうして刷り込まれた結果というべきでしょう。


いかがでしたでしょうか?あなたの憧れのマイホームも、この空気をいっぱいに吸った優秀な東大建築学科卒の建築家にお願いしてみませんか?

【2007/02/08 11:12】 建築・美術 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
天は二物を与えず
まぁ才能は2種類じゃないので「天は万物を与えず」と言ったほうがいいのかもしれませんが、自分の場合体力は与えられてないのでしょう。就活に早くも身体が悲鳴を上げています。

数日前に(毎度のごとく?)頭痛で寝込んだかと思えば、昨日はいきなり熱が出て、解熱剤を飲みながらバイト先の塾に出勤。高校受験@私立の前の最後の授業ですからね、ここで休むわけにはいきません。医者に行ったため、事前に塾には遅刻の連絡は入れておきました。


「大丈夫?」と上司に声をかけられ、ねぎらわれてる気分になって「大丈夫です」と上機嫌に答えた、その瞬間
「マスクはどうしたの?つけなさい」
「受験生にうつしたらどうするつもりなの!?」
手のひらを180度返されました。まぁごもっともですけど。


充実した時間を過ごしたくて、ちょっとスケジュールを詰めるとすぐに寝込んで1日をパァにする、この悪癖。自分だって、人並みにいろんなものを見ていたいのです。でも、人並みの体力がないからそれに耐え切れない。身体が耐え切れないからといってスケジュールを穏やかにしておくのが、もっと耐え切れない。ありゃりゃです。


今日はセミナーを2件キャンセル。自宅で休んでいるおかげで、ブログの更新ができますわ(←え?)。
【2007/02/07 16:23】 就活 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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