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下天のうちを比ぶれば センター試験のごとくなり
「少年『犯罪』シンドローム」
(小笠原和彦著・現代書館・1989/09出版)



視野を広げようと思ってこういうものに手を出してみました。なかなか面白い、というか、ネタとして最高でした。20年近く前の出版なので、なおのこと味が出ています。

少年の起こしたいくつかの犯罪に目を向け、その背景云々なのですが…。

  • まず少年がいかに残酷な行為に出たかを語り、
  • 「無口でおとなしい子でした」などと周囲のコメントが載り、
  • 家族関係や友人関係の過去を調べ、
  • 受験戦争やテレビゲームの病理を嘆く。


一直線にこの方向です。いや、著者の綿密なリサーチには頭が下がりますが、またこれかよ、と僕はどうにもマジメに受け取れないんですよね。



世の中ほど複雑なものを割り切れる例は、よほど特殊


一つの例を見てみましょう。目黒区の両親祖母殺害事件に関して、少年の父親・母親が勉強にどう関わっていたのかについての記述です。まずは、小学校の担任の先生の話。
「実におおらかなお母さんでした。…成績のことも、『親がこうだから仕方ないですよね』と笑っていました。


この後、本文はこう来ます。

学校の成績について、親が口やかましかったかどうかについて、報道は分かれた。事件直後祖父は、毎日新聞の記者に「小さいころから勉強しろといわれていた」と語っている。少年も両親から勉強しろと口やかましくいわれた、と供述している。果たしてどちらが正しいのであろう。



どちらが正しいのであろう…ってアンタ( ̄〇 ̄;)。

勉強しろと言わない親はいないし、勉強しろ以外を言わない親もいません。二項対立の問題じゃないのに、少年像を割り切るために強引に結論を出してきます。


まぁ面白いんですけどね。ネタとしては



「国語」の問題


学校の算数と受験の算数も大きく違いますが、何より違うのは学校の国語と受験の国語のように思います。「読んでどう思うか」ではなく、具体的に設問に答え、正解を導かなくてはなりません。


うろ覚えで恐縮ですが、昔読んだ本にこんなのがありました。
無人島に流された少女の話で、その少女の気持ちとして適切なものはどれか、という問題があった。選択肢には「寂しい」「うらめしい」「憎い」「楽しい」などが並び、正解は「寂しい」だが、おそらく少女は同時に他のどの感情も持ち合わせただろう。



もちろん、「最も適切」なものと言われてるから…と言って、正解の正当性を主張することはできます。しかし重要なのは、少女の複雑な気持ちを割り切ることを正解とし、割り切れないものを不正解として、そういうトレーニングを無数に繰り返す、その教育が「受験国語」だ、ということです。


どうです?何だか、怖いものを感じませんか?



結論


社会的に重要視せざるを得ないこうした事件を見て、結論を急ぐあまりに0か1かで割り切って「意見」としてまとめてしまう。この本の記述に見られるこうした思考回路こそ、まさに幼少のうちの受験勉強に代表される、詰め込み教育の弊害なのでしょう。



…と、結論付けて、最初の自分のワナに見事にはまる、そんなオチでした。ちゃんちゃん。
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【2006/05/17 08:17】 読書 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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コメント
なかなか見事な分析!
【2006/05/17 10:20】 URL | しょかつ #-[ 編集] | page top↑
ありがとうf^_^;。でもこんなにネタになる本も珍しい気がする。笑
【2006/05/18 23:23】 URL | Toku #m3xkrDMA[ 編集] | page top↑
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