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豊かさゆえの貧しさ
携帯買い替えシーズンです。僕の携帯は2004年の秋に買ったもの(しかも最新じゃなく)。今まで世間の買い替えシーズンという試練を幾度となく乗り越えてきたのですが、最近アドレス交換のたびに言われる言葉が、ささやかに僕のハートをスクラッチしていきます。

  • 「年季入ってるね~」
  • 「あ、すげぇ、アンテナついてる!」
  • 「え、赤外線ないの?」

「知らないの?これが最新の赤外線カットモデルだよ?」とかボケて失笑を買うのもいい加減飽きてきました。就活の身ですが、そろそろ替えたい気分です。


赤を求めて


今使っている携帯は赤ですが、何を隠そう僕は赤が大好きなのです。赤といっても濃い赤でなくてはなりません。理想はワインレッド。紅色なんて論外です。ところがそれだとauにはない。こうなったら他社に乗り換えるしかありません。幸いナンバーポータビリティーというシステムが整いましたしね。


という話をしたら、色ごときでそこまでするか、と友達に笑われましたが、しかしやっぱり僕はデザイン一番です。例えばワンセグ携帯でL字型に画面を倒すものなど、思わずこっちの首が曲がってしまいそうで見てられません。あと、auはイメージカラーだからかオレンジ色の製品をポンポン出してるのが心底ゲンナリ。今度出るメディアスキンとかいう一風変わったデザインのものは、ラインナップが黒と白となぜかオレンジ。不自然さをごまかすためか、写真で手の色をオレンジ色にしている苦し紛れ感が最高です。この製品に関しては好きそうな人はいそうですが、しかし売れはしなかろう。着せ替えとかにすりゃいいのに。




あと、開いたときにカチッっていう音がしますが、僕はあれが大嫌いです。音がしない、が絶対条件。たまにご親切に二段階カチッカチッと鳴るやつもありますが、憎しみさえ覚えます


完成形の、そのまた先


・・・と、ここまでは好みのタイプを語って暴走しただけで、ここからが本題。カメラ機能が搭載されて、今や500万画素携帯まであります(僕のデジカメは400万画素だというに)。かつては「骨振動でうるさい場所でもよく聞こえる」みたいな通話方面の差別化もありましたが、ハッキリ言ってそっちの試みはもはや絶滅寸前。画素数を上げる、音楽を聴ける、テレビを見られる、そしてとことん小さく軽く、料金体系で斜め上を行ってみたりするキューピー社長まで現れる始末。


「ケータイ」はもう電話にあらず。「通話機能付きデジカメ」なんて言い方さえもう古く、QWERTY搭載なら「ポケットサイズパソコン」、ワンセグなら「キャリングテレビ」、デザインで選ぶ僕としては「2年間毎日着る服」を買う気分です。


通話はおろか、カメラも基本。勝負の行方は付加価値です。果てしなくどうでもいい大問題を抱えた現代、何とも不思議なものです。でも、実は携帯電話が登場した時点では、通話機能でさえ「付加価値」だったはず。ワンセグが「付加価値」になり得た裏には、通話が常識になったことがある。建築などまさにそれ。ハッキリ言ってどんな家でも住めるんです。台所があってお風呂があってトイレがあって、入り口がきちんとして車も出入りでき、南向きに窓があって北側に収納があって、そんな家はいくらでも建てられる。大量生産して町を作ってみんながそこに住めばいい。そう考えて出来たのが51C型という集合住宅のモデルで、それは戦後すぐに完成してしまいました。





隣の田中さんよりワンランクはいい家を建てたいわね


ところが、人はそこに満足しない。「もっともっと」「あれもこれも」を繰り返し、現代の住宅はといえば、コミュニティーだのアメニティーだのサステイナビリティーだの訳の分からない横文字を並べてエラソーに意味づけをしているものばかり。徹底的な付加価値の探求のうちに本当に革命的なものが生まれる可能性はあるけれど、個別の一軒一軒にそれを求めるのは無理があります。


台所が寒い家が建たない。
段差のある家が建たない。
基本レベルはぐんぐん上がって、今はと言えば「一体感を持ちつつプライベートが守れる家」だの「壁がなくて空調が効率いいもの」だの、もはやパラドクスの世界。顧客のワガママはエスカレートし、なのに土地は有限、予算は有限ときたもんです。そしてその中で差別化を図らないと、住宅産業の会社はつぶれてしまう。アネハは時代の象徴であり、彼の逮捕はなるべくしてなった現代の内出血とも見られます。


そして苦しいのは会社だけではありません。同じ予算でどの材がいいのか、どのプランがいいのか、どの会社がいいのか、頭を抱え、足を使い、場合によっては全てが終わっても後悔する人もいるかもしれません。「一生に一度の買い物ですよ」。「一生に一度の買い物」が営業さんに翻弄されるのです。


豊かさゆえの貧しさ


努力するのも大いに結構。でも、商品にしても何にしても、無理な領域は必ずある。それを嘆き悩み泣き明かす前に、果たしてそれが付加価値なのか必要なものなのか、はたまた付加価値だけど自分として譲れないものなのか、そこを正視することで見えてくるものが必ずあるはず。


かつて通話は付加価値でした。音楽ケータイは今の付加価値です。だけど、通話が基本レベルになったように、音楽ケータイがいずれ付加価値の域を脱するものだ、とは僕には思えません。しかし音楽ケータイにこだわりを持つ人なら、それはその人にとっての必要なものとも言えます。付加価値は多様化するものです。その多様化の中で、企業は必死に基本レベルになりうる付加価値を探しているし、基本レベルの達成に失敗したらもちろん、付加価値でしかない付加価値が未熟だというだけで、企業は生きていけなくなります。


僕のようにデザインという付加価値にこだわる人も少なくないのでしょう。販売店に並ぶモデルの待ち受け画面、かつては「いかに文字が見やすいか」と、アドレス帳やメール画面が表示されていたはず。最近の展示は「デザインをいかに美しく見せるか」に焦点を当て、見事なまでの画像がはめ込まれています。





豊かな国、日本。生きるか死ぬかの瀬戸際で暮らす人々を尻目に、かつてないレベルの豊かさ、多様化、相対性が実現されています。でも、その裏には、同じくかつてないレベルの、醜く厳しい争いと淘汰、基本レベルの恐ろしいまでの画一性がある。情報が整理され、何もかもが容易に見比べられる。一覧性の優れたカタログが出来、価格コムのような比較サイトが充実する。求めるものは、付加価値なのか、必要なものなのか。



・・・薬局でリアップを見ながらそんなことを考えた、うららかな春の日の日記でありました。
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【2007/03/21 00:41】 建築・美術 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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コメント
ここ数年の携帯電話の進化はすごいよね。ほんとに日進月歩。
デザインや色にかなり左右される気持ちは、私もそうだからよくわかるわ(>_<)毎日、しかも長く使うものだし、ぱっと見て惹かれるものがないとね。

日本人はすぐ新しいものに飛びついて、ものを買い替えるペースも速いんだろうね。身の回りの細々したものにしても、家電製品にしても。
イタリアに行ったときに、古い車がけっこう走っていて驚いたんだ。向こうは物持ちがいいのかな。環境に対する意識が高いのかな。
すぐ新しいものを求めて買うのがいいのか、ひとつのものを修理しつつ大事に使っていくのがいいのか、正解はないけど……日本の物質的豊かさと精神的貧しさについてもっと真剣に考えたほうがいいなぁって思いました。
ものとの関わりも、大切にしないとね。

うわ、なんかぐだぐだ長くなった、ごめんね。
今朝久々に柏葉の夢を見て、柏葉人のブログをみてぼんやりする昼休みです(^_^;)
【2007/03/22 12:38】 URL | くっく #-[ 編集] | page top↑
コメントありがとう!ここでの趣旨は、豊かさが差別化を求め、それが骨肉の争いになる、ということだったんだけど、確かにリサイクル関連もそうだよね。

車は分からないけど、イタリアの話ついでに住宅を例に取れば、アメリカの住宅の平均寿命が約44年、イギリスの住宅の平均寿命が約75年に比べて、日本の家は平均約26年。だから最近は一生懸命「長持ちする」住宅を考えてるみたい。だけど、長持ちする住宅を作るってのは、そのまんま住宅会社の首を絞めてることになるよね。怖い怖い。

・・・ってここまで書いてどっかで聞いたなぁ、と思って調べてみたら、お化けの文章がありましたw
http://kuentis.seesaa.net/article/16634069.html
書いて損した気分(笑
【2007/03/22 17:05】 URL | Toku #m3xkrDMA[ 編集] | page top↑
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