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貧しさの中の豊かさ
研究室の謝恩会がありました。修士の方、博士の方、おめでとうございます。僕の研究室はあまりゼミなどが活発ではないため、先生や先輩方とじっくり話せるのは貴重な機会です。スミッコの僕の席の隣は、同期で外資系金融への就職が決まった中国からの留学生。向かいは、チェコ語、ハンガリー語を自在に操る東欧研究のドクターの方と、1年間のドイツ留学を終えて建築家を目指す修士の先輩。恐ろしすぎます。

話は世界中を駆け巡りました。地名がポンポン出てきて「あっち」だの「こっち」だの言われ、ドイツの都市しか知らない僕としては肩身の狭い限り。てか、ブタペストでどこそこの駅を降りてどっちに何キロ歩くと何があるだのの話が平然と飛び交います。どうしようかと思いました。

「1年間向こうにいると生活スタイルが向こうのに慣れて、まだ日本のに戻しきれないんだよね」
屋外のカフェでのんびり書き物をする。そんな光景が日常だそうです。その後の先輩の言葉が、僕の心を突き刺しました。
「あいつらって国は貧しいくせに、一人ひとりは豊かに見えるんだよね」


「豊かさはお金じゃない」。それは一見、当たり前の結論ですが、一方でこの「餅」は絵から抜け切れていないのも事実。理念ばかりじゃ仕方がないのです。金と学歴で人生をはかるのは論外ですが、でも「豊かさは~」みたいな否定の理念の命題だけというのも断じて嫌です。


僕は日本が、東京が大好きです。ドイツに住みたいとは思いません(ドイツが精神的に豊かな国だとも思ってないし)。でも、安全、便利、快適な国だからこそ、そこに精神的な豊かさが欲しい。個人レベルなら両立は可能なんじゃないかな。そのために、今の自分の価値観じゃない、十人十色、十国十色の幸せを、もっともっとリアルに見てみたい。
足りないものがいっぱいあるから、
私はまだ私なんだ。
私じゃない人にとりかこまれているから、
私はまだ私になれるんだ。
― 谷川俊太郎「やさしさは愛じゃない」より

本当の意味でこれを理解できるのはいつの日のことやら。僕は今年で24歳です。


やりがいが生きがい


説明会の帰り、同じ説明会で会った人としばらく話して帰りました。彼女は横浜市にある某有名建築家の設計事務所で働いているそうです。そうです、はるか昔に紹介した、あの事務所です。


時給200円。建築という巨大市場で、そういうアホみたいな環境が成り立っているところがすごい。

ちなみに東京の最低時給は719円、神奈川も717円です(平成18年10月1日現在。詳しくはこちら)。これらはホントに文字通り「最低」ですが、サイヤ人の限界を超えた超サイヤ人のそのまた限界を超えたスーパーなんちゃらがあるように、そしてそれが何の恥ずかしげもなく描かれ放送されるように、最低を余裕で下回る時給の職場があり、そこで当然のように需要と供給のバランスが整っていることはまさに驚き桃の木です。


てか、刑務所の時給ってみなさんご存知ですか?なんと、最高で時給36円70銭、見習い工に至っては時給5円20銭です。銭って単位がこんなところに出てくるのかよ、と突っ込みを入れたくなるアナタ、突っ込みどころはそっちじゃありません。その某設計事務所の時給200円というのは、神奈川県の最低賃金717円と刑務所の5円20銭の時給と、どちらに近いでしょうか、さぁさぁさぁ


それにしても時給200円で、コンスタントに働く、というのは本当にすごい。1日8時間働いて1600円。昼食夕食で使い切ります。その日暮らしの極めつけ。「何でそんなところで働いてるんですか?」思わず聞いた僕がバカでした。

「私建築大好きなんですよ~。勉強とかは本当バカなんですけど、これだけは絶対やりたくて」


目の色が誰よりも深く見えました。僕には死んでも真似できませんが、必要なときにまた引ける「幸せカタログ」の一項目にしようと思いました。


収入は社会的評価


しかし、それも結局はやりがい至上主義でしかないのです。先日、高校の友人2人と飲みました。話は最初から最後までカネとガクレキ。これはこれでやっぱり避けて通れません。僕の就活先を聞いた友人の反応はというと。
「え、そんなとこで働こうなんて本気で考えてるの!?3年働いて、○○社のボーナス1回分かもしれないよ?」



まぁさすがにここは行く気はなかったからいいですけど。


夢の国ディズニーランドのポップコーンだってきっちり高い


夢って高くつきますよね。そういえば、3月30日発行のR25によると、
「結婚相手はちゃんと働いてる人がいい」と答える女性の真意は「年収600万円以上の正社員希望」(81/100人!)
だとか。僕の目指す会社で年収600万を狙えるくらいには、お金の代わりに髪がなくなってそうです。悲しいかな、夢も愛も現実とは切り離せません。僕の頭皮と毛根も、大人の世界の夢と現実くらいしっかりくっついていたら、とか書いていると本気で痛々しくなってきたので、話を戻すことにします。


憧れてきた仕事がそのまま高収入な仕事である人が、正直少しうらやましくなります。彼らもお金で仕事を選んでるわけでは決してないでしょう。学部を選ぶのは高校生です。大人のアドバイスを聞いたり(しかしあくまで理念)、自分で調べたり(それもあくまで理念)、そしてその理念とはずっと遠いところで挫折したり出会いがあったりして、その結果、たまたま高収入の仕事に結びついたり、そうでもなかったりする。


しかし、彼らが自分の憧れの仕事以外の仕事に向ける興味と、社会的にレベルが低いとされている仕事を憧れとしてきた人たちが他の仕事に向ける興味とでは、圧倒的に迷いの度合いが違うのではないでしょうか。その背景にあるのは、やっぱりお金に代表される、社会的地位です。そう思うと、現実を知ってしまった大人が子供に「○○になりなさい」というのも(いい悪いは別に)理解できる気がしてきます。


嫉妬する者に幸福の権利はありません。いろんな人がいて、いろんな人生がある。本当にそれを認められるには、ひとつに他者の人生に寛容になること、ふたつに自分の人生に誇りを持つこと。じゃあ誇りを持つためにはどうしたらいいか。その解答の一つが「トップになること」でした。そして東大に入った。しかしそこから先はどうか。同じくトップになることを目標にしてもいいでしょう。でも、僕はそこでストップがかかった。セカンドエリート、東大工学部。別の答えを探す日々です。
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【2007/04/06 22:22】 就活 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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