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ドロップにギブアップ
江國香織の短編集、「号泣する準備はできていた」を読んでみました。直木賞受賞作らしいですが、ベストセラー系を敬遠する自分としてはかなり異色な選択でした。




で、予想通り、正直よく分かりませんでした。

短編集なんですが、12本全部が恋愛モノなんですよ。これはマジでしんどい。さらに同じ作家だけあって、言葉・文体が全部同じ。あの話では夫が不倫して、この話では妻が不倫、こっちは夫婦の確執で、あっちは嫁姑の確執、とか、人名とシチュエーションだけがコロコロ変わって、ウダウダドロドログチグチベタベタを12種類取り揃えました、みたいな感じです。


と書くとムチャクチャ印象悪そうですが、心境ズバリの言葉や言い回しはさすがです。そして、あとがきには江國自身が面白いことを書いていました。

短編集、といっても様々なお菓子の詰め合わされた箱のようなものではなく、一袋のドロップという感じです。色や形は違っていても、成分はおなじで、大きさもまるさもだいたいおなじ、という風なつもりです。


なるほど、いっぺんに読んだ僕がバカだったわけね。一袋のドロップを全部一度にほおばったら、そりゃ気分も悪くなるわい


水は4℃で一番重い


短編を読むって大変なことです。「本」という形態をとる以上、短編はいくつも合わさって一つの本にならざるを得ませんが、実際はふとしたときに手にとるもので、まとめて読むものではありません。なのに詩ほど手軽じゃない、この微妙さ。


短編としっかり向き合う心の余裕を持ち、オトナな恋愛モノに感情移入できるような心を持ち、そもそも買う前にそれが短編集であることを確かめる、それらが出来るくらいになってから、もう一度挑戦したいと思います。


…何十年後の話だ。
【2006/08/02 00:14】 読書 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
シェイクスピアの「リチャード三世」(2)
200ページ足らずの本のレビューにどんだけ書いたら気が済むんだよ、と言う感じですが、もうちょい行きます。前編(あらすじ)はこちら

さて。


クドく口説かにゃ口説くと言えず


印象に残るシーンはたくさんありますが、あえて1つ挙げるなら、幼き子供を暗殺しておいて、その母親に娘をよこせと迫る場面でしょうか。


冗談じゃないです。無茶に決まってます。しかし「諦めません、勝つまでは」がモットーのリチャードのこと。お国のため、ならぬ、王冠のために尽くします。「月月火水木金金」で悪事に励む男です。


いわく、自分が子供たちを殺したことは向こう見ずな間違いだった、ああ嘆かわしい、などとしゃあしゃあと言って食い下がり、さらにすさまじい屁理屈を出してきます。

「その腹を痛めたお子達をどうしてもこのリチャードが殺したとお言いなら、それを生き返らせるため、エリザベス殿(娘)にこの身の子を生んでもらい、あなたの血筋をたてるという手もある」



ちょ、ちょ、ちょっと待て( ̄〇 ̄;)!!!子供を殺したから、孫をつくって埋め合わせにしてやろう、というとんでもない「お申し出」です。屁理屈もここまで来ると人間の理解を超えます。


そう簡単に母親が納得するはずがありません。しかし何度拒絶されても、次から次へと口から出まかせ。手元の新潮文庫では、このシーンはなんと12ページにも及びます。小説多しと言えど、僕は12ページ連続で振られ続けた男を初めて見ました。


結局、最後は母親に「あれの気持ちはいずれ私から」と言わせます。母親退場。その瞬間のリチャードの独り言がすごい。

「たわいのない愚か者!気の変わりやすい女だ!」


もう鬼とか悪魔の次元じゃありません。



四大悲劇の影に


シェイクスピアといえば「四大悲劇」に「ロミオとジュリエット」を加えた5作が知られるところですが、「四大悲劇」はいずれも後期の作品。しかし、初期に書かれたこの「リチャード三世」の迫力はまったく遜色ありません。


しかし、ちょっとつらいのがこれが歴史劇だということ。世界史を高校受験で勉強していない身にとっては、正直ストーリーは理解を超えました。


王位継承の順は、
ヘンリー六世
→エドワード四世
→エドワード五世
→リチャード三世
→ヘンリー七世
と続きます。もうこの時点で勝手にして下さい状態ですが、
ややこしさはこんなの序の口です。


ヨーク公はリチャードと同一人物で、グロスター公が主人公ですが、これが後のリチャード三世で、前のリチャードとは違います。エリザベスの娘はエリザベスといい、ウェールズ公はエドワードのことで、これはエドワード四世の息子にあたる、つまり後のエドワード五世で、ただしこれとヘンリー六世の息子のエドワードとは別人物です。

…本気でもうカンベンしてください。


こういう状況なので、劇中で「叔父の敵」とか言われても、叔父が誰か以前に、父親が誰かも分かりません。源平合戦あたりが小説になって外国人が読んだら、きっと「ミナモトノ」「タイラノ」で大混乱が起きること請け合いですが、まさにそれです。


とはいえ雰囲気は確実に伝わりますし、レトリックも非常に面白いので知識の有無に関わらず是非手に取ることをおススメします(僕自身も読み終わってから調べただけです)。ちなみに「父親が誰かも分からない」というのを読んでちょっと変なことを想像してしまったアナタには、昼ドラの時間に歴史もちょっと勉強することをおススメします。


ここまで引っ張って最後が下ネタかよ、みたいな声が聞こえてくるようですが、美しい薔薇にはトゲがあるのですよ(全然美しくないけど)。リチャード三世の死によってイギリスの薔薇戦争が終結し、テューダー朝が誕生する、それこそまさにこの物語の結末なのでありました。



…強引すぎか、この結び。



引用元


リチャード三世(新潮文庫)、福田恒存(翻訳)
【2006/06/10 00:17】 読書 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
シェイクスピアの「リチャード三世」(1)
「絶望だ。
身方は一人もいない。
俺が死んでも、誰も、涙一つこぼしはしない。
いるわけがない、俺自身、自分に愛想をつかしているのに、誰が涙を?」
 ― 「リチャード3世」(シェイクスピア)より


物語のクライマックス。悪夢から飛び起きた極悪非道の王、リチャード三世の言葉です。とにかくすごい迫力です。


「極悪非道」なんて生易しい言葉ではきかないかもしれません。物語のしょっぱなから、強欲と悪事の限りを尽くします。


とにかく王冠がほしい主人公。しかし、彼は3兄弟の3番目。しかも一番上の兄には息子がいます。王になるためには、2人の兄とその息子を全員始末しないといけません。


  • まずは兄2人をそそのかして険悪な仲に仕向け、次兄を幽閉させる。
  • 王の病死後、さらにその息子を始末。挙句、その母親を口説いて強引に結婚。
  • 幽閉された次兄を暗殺、そのショックから長兄も死ぬ。
  • さらに長兄の息子2人を幽閉。
  • その他反対派をことごとく処刑。
  • 「仕方なく」王になるという演技でロンドン市長や市民の心をつかむ。念願の王冠を手に。


しかし、話はそこで終わりません。

  • 幽閉した少年2人を塔の中で惨殺。
  • 殺した少年2人の母親に、その娘を我が物にせんと説き伏せる。
  • 自分のために尽力してきた家臣バッキンガムをも目の敵に。


まさに大混乱です。「むちゃくちゃだよ…、ピッコロがかわいくみえらぁ」というクリリンの嘆きが聞こえるかのようです(対ラディッツ戦)。


さすがにここまでくれば末路も見えます。逃れた実力者が反旗を翻し、戦争となるもリチャードには味方がいません。そして、自らが殺した人々が次々と亡霊となってリチャードの夢に現れ、呪いの言葉を浴びせていく。最初に引用した言葉の出る場面です。そして、断末魔の叫び。

「馬をくれ!馬を!代わりにこの国をやるぞ!馬をくれ!」


何人もの亡骸を引き換えに手に入れた王冠を、悲痛な叫びで手放します。その最期はあまりにも哀れ。


エンターテインメントのつもりで読み始めましたが、読み終わってみたら動揺に数日悩まされることになりました。人間タダで悪事ははたらけません。リチャードは常識を外れた悪知恵の持ち主。容貌だってせむしでびっこの醜い男。およそ人間離れしたヤツですが、それでもシェイクスピアの手にかかると、不思議と自分のことのように感じてしまいます。


・・え?それ、僕だけ?


…まさか、ね。



次回に続きます。
【2006/06/09 00:59】 読書 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
下天のうちを比ぶれば センター試験のごとくなり
「少年『犯罪』シンドローム」
(小笠原和彦著・現代書館・1989/09出版)



視野を広げようと思ってこういうものに手を出してみました。なかなか面白い、というか、ネタとして最高でした。20年近く前の出版なので、なおのこと味が出ています。

少年の起こしたいくつかの犯罪に目を向け、その背景云々なのですが…。

  • まず少年がいかに残酷な行為に出たかを語り、
  • 「無口でおとなしい子でした」などと周囲のコメントが載り、
  • 家族関係や友人関係の過去を調べ、
  • 受験戦争やテレビゲームの病理を嘆く。


一直線にこの方向です。いや、著者の綿密なリサーチには頭が下がりますが、またこれかよ、と僕はどうにもマジメに受け取れないんですよね。



世の中ほど複雑なものを割り切れる例は、よほど特殊


一つの例を見てみましょう。目黒区の両親祖母殺害事件に関して、少年の父親・母親が勉強にどう関わっていたのかについての記述です。まずは、小学校の担任の先生の話。
「実におおらかなお母さんでした。…成績のことも、『親がこうだから仕方ないですよね』と笑っていました。


この後、本文はこう来ます。

学校の成績について、親が口やかましかったかどうかについて、報道は分かれた。事件直後祖父は、毎日新聞の記者に「小さいころから勉強しろといわれていた」と語っている。少年も両親から勉強しろと口やかましくいわれた、と供述している。果たしてどちらが正しいのであろう。



どちらが正しいのであろう…ってアンタ( ̄〇 ̄;)。

勉強しろと言わない親はいないし、勉強しろ以外を言わない親もいません。二項対立の問題じゃないのに、少年像を割り切るために強引に結論を出してきます。


まぁ面白いんですけどね。ネタとしては



「国語」の問題


学校の算数と受験の算数も大きく違いますが、何より違うのは学校の国語と受験の国語のように思います。「読んでどう思うか」ではなく、具体的に設問に答え、正解を導かなくてはなりません。


うろ覚えで恐縮ですが、昔読んだ本にこんなのがありました。
無人島に流された少女の話で、その少女の気持ちとして適切なものはどれか、という問題があった。選択肢には「寂しい」「うらめしい」「憎い」「楽しい」などが並び、正解は「寂しい」だが、おそらく少女は同時に他のどの感情も持ち合わせただろう。



もちろん、「最も適切」なものと言われてるから…と言って、正解の正当性を主張することはできます。しかし重要なのは、少女の複雑な気持ちを割り切ることを正解とし、割り切れないものを不正解として、そういうトレーニングを無数に繰り返す、その教育が「受験国語」だ、ということです。


どうです?何だか、怖いものを感じませんか?



結論


社会的に重要視せざるを得ないこうした事件を見て、結論を急ぐあまりに0か1かで割り切って「意見」としてまとめてしまう。この本の記述に見られるこうした思考回路こそ、まさに幼少のうちの受験勉強に代表される、詰め込み教育の弊害なのでしょう。



…と、結論付けて、最初の自分のワナに見事にはまる、そんなオチでした。ちゃんちゃん。
【2006/05/17 08:17】 読書 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
一瞬輝く名作
すごかった。ひたすらすごかった。いったいこの本一冊書くのに、著者はどれだけ細かいリサーチと勉強を積み重ねたんだろう、そう思ってやまない気分です。

「戦争と建築」
五十嵐太郎(東北大学助教授)(著)





いや、実を言うと、内容の良さはあまり分かってません。正直勉強不足です。ただ、内容の突き詰め方がすごいというか、文章の善悪以前に根本的に頭が違いすぎるんです。こういうのを読むと、僕のようなダメ人間は逆にモチベーションが下がります。「自分、意味ないよ」みたいな。


よいものならば残るのか


レビューは省略しますが、ちょっと気になったことがありました。この本は9.11のテロを背景に書かれたもので、かなり時事的な要素が詰まっています。取り上げられている建築も現代作品が多く、さらに話の中で、「プロジェクトX」「踊る大捜査線」などの”死にかけ単語”も出てきます。


もしあと5年も経ったら、この本の意味自体相当変わるんじゃないか、と思いました。今だからこそ輝く、だけどあっという間に意味を失うかもしれない。著者がその一瞬の輝きのために寿命を大胆に犠牲にした、とさえ読める本でした。寿命が短い本はこの世に溢れていますが、短い寿命に莫大な労力をつぎ込んだ作品は尊敬に値します。いや、もしかしたら長生きするかもしれません。



映画「華氏911」


寿命が短い、と言えばこれもそう。





カンヌでパルムドールを受賞しながら「左翼の自己満足」などと評されてさえいましたが、非常によく出来た映画だったと思います(思想的反発さえなければ)。しかし一方で、9.11からイラク戦争への経緯や、ブッシュ、パウエルを初めとする「時の人」たちの説明をことごとく削ぎ落とし、「常識」として扱った映画でもありました。


これは10年経ったら何も分からなくなるでしょう。それでも今なら一見の価値はあります。輝いています。




映画も、本も、建築も。
現在進行形には独特な美しさがあります。
芸術は剥製を鑑賞するだけではないんですね。

【2006/03/11 12:37】 読書 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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