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悪魔の肖像、最初の一筆
映画「ヒトラー ~最期の12日間~」



歴史に残る極悪人、ヒトラー。第二次世界大戦の最大の戦犯の、最期を描いた映画です。その人物に、真正面からスポットを当てての、初めての映画化。そして、その製作国は他ならぬドイツでした。

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この映画では、ヒトラーには「英雄性」のかけらもありません。よく知られているプロパガンダ手法、演説の技術、彼がいかにして総統の地位まで登りつめ、世界と闘うに至ったか、などは一切描かれません。描かれているのは、すでに絶望的な戦況での、半狂乱で、弱さを露呈した「人間・ヒトラー」。

ヒトラーはすでに正常な判断力を失い、わずかな兵力をどんどん破滅の道へつぎ込んでいきます。ヒトラーに反論する側近もいれば、そっと裏切り、離れていく側近もいる。ヒトラーは怒り狂い、処刑を命じますが、逃げる側近を追う兵力さえありません。

それなのに、「総統への忠誠」へのために何が何でもヒトラーについていこうとする愚直な側近もいるのです。明らかに絶望的な状況だと分かりながらも、忠誠に賭けることに「迷いがない」人たち。運命を自ら滅ぼしていく、戦争の宿命。ヒトラーの愛人・エヴァもその一人でした。最後の砦、首相官邸の地下要塞で、小さな小さな結婚式を挙げます。それが、自殺の直前。


何度も何度も描かれる、ヒトラーの狂気、ヒステリー。この映画では、ユダヤ人の話さえ一切省かれています。ヒトラーを「歴史上の悪魔」としてドキュメンタリーに収めるのではなく、彼のやさしさや弱さにも光を当てて、むしろ人間として地続きにさせられているところに強烈な痛切さがあります。そして、そのあまりの痛々しさから、彼の自殺さえ、ヒトラーのそれまでの戦いの当然の帰結のように思えます。冒頭から死臭が漂うのです。・・・。


監督は、「es」のオリヴァー・ヒルシュビーゲル。映画後進国のドイツが、これでもかというくらいにお金をつぎ込んでいる大作です。ヒトラー役のブルーノ・ガンツの演技も圧巻、鬼気迫るものがありますよ。USENのサイトで、現在無料で観られます。興味がある方は是非ご覧下さい。(2007年3月1日まで)


芸術とメディアと歴史


ナチスに関して様々な映画が製作されていますが、それでもヒトラーを正面から描くことはやはりタブーだったようです(チャップリンの「独裁者」や、若きヒトラーを描いた「アドルフの画集」などは僕も観たことがありますが)。

話をアジアに飛ばします。この手の戦争映画を観ていつも気になるのですが、太平洋戦争、日中戦争を、正面から描ききった映画はあるのでしょうか。アニメ「ほたるの墓」のような、戦争の最中の貧しさを描いたものは数あれど、旧日本軍の蛮行、とりわけ中国や朝鮮半島での史実を描いたものは、日本で公開されているのでしょうか。中国や韓国で少なからず作られてはいないのでしょうか。

僕は映画には詳しくないので、もしかしたらたくさん作られていて、売り上げが伸びずに話題にならないだけなのかもしれません。でも、中国や韓国で少なからず作られているのでは、そして、もしかして政治的な、治安の上での配慮から、まだまだ日本に公開の規制がかかっているのではないか、と想像したりもします。映画に限らず、ドキュメンタリーもそう。「戦争」を伝える番組はNHKを初め多くのテレビ局が手がけはしていますが、日本人の語りによる日本軍の苦しさを描いたものがどうしても目立ちます。もっと、多面的に観たい。戦争は一国でするものじゃないですからね。

ドイツと日本は違います。ドイツが頑張ってるのに日本は、などと言うつもりは全くありません。でも、現にドイツでこうした話題作が公開され、日本で大作が出てこない(他国製作のものも含めて)現実を、ドイツと日本は「違う」の二文字に押し込めることには、多少のムリが生じているように思います。

現実問題として日本軍に触れたものは、史実かそうでないかとあっという間に騒ぎになります。公開なんて出来ないのかもしれません。政治に映画はつきものです。映画はそういう芸術だから仕方がない、のかもしれません。でも、「もし」、規制がされていたとしたら、それは「芸術としての映画」の悲しい側面になるのではないでしょうか。

「反体制」として西側の文化を制限し、芸術を「共産主義を理想的な社会秩序として賛美するため」のものとして位置づけたのが、スターリン体制でした。「あるある大辞典」問題でも露呈したメディアへの過信。戦争についても、少しは感覚を磨いておきたいものだと思います。


本田勝一の「中国の旅」


本田勝一、という名前にピンと来る人も少なくないらしいですが、1960年代ごろから活躍した朝日新聞の看板記者です。朝日新聞に連載され、後に出版された「中国の旅」では、日本側のジャーナリストとして初めて南京大虐殺を開陳するなど、中国視点の著述で話題になりました。

その著作には、確かにすべてを真実とするのは疑わしいものがあります。しかし、インターネットをちょっと巡れば、彼や彼の著作について、極めて強い嫌悪感をむき出しにした人の多いことに驚かされます。追研究・著作が出てこないままの状態で、史実か虚偽かで大きく騒がれる現実。一記者の著作でこれなのですから、映画などやったらとんでもないことになりそうなのは容易に想像がつきます。

そして、その「中国の旅」の一節で取り上げられている「日本兵による百人斬り」について裁判が行われていました。「百人斬り」とは、1937年に4回にわたり南京侵攻中の両少尉が、どちらが先に中国兵100人を切り倒せるか競争していた、というもので、この報道について、旧日本軍将校2人の遺族が「虚偽報道で名誉を傷つけられた」として、毎日新聞社や朝日新聞社、本多勝一らに計1200万円の損害賠償などを求めていた次第です。最高裁判決は、1審、2審の「具体的内容には虚偽、誇張が含まれている可能性がないとは言えないが、競争自体を記者の創作と認めることは困難」というものを支持、上告を棄却しました(この判決は2006年12月、つい最近です。この判決に関する報道の詳細はこちら)。

もちろん、だからと言ってこの著述が「史実」であることが認められたわけではありません。結局、追研究がなされていないのが痛いのです。この記事が書かれたのは1971年、判決から35年も前のこと。消息不明になったり変装し逃げ隠れすることになるかもしれない、この現実に耐える記者、芸術家を待つ間に、あまりにも長い年月が流れすぎたように思います。


トラウデル・ユンゲの証言


脱線しすぎましたが、話をドイツに戻します。映画「ヒトラー ~最期の12日間~」には、ヒトラーの遺言をタイプした秘書、トラウデル・ユンゲの独白が挿入されています。彼女は映画の中ではすでに髪も真っ白になった老婦人。戦争を知る世代も、この年になってしまったのかと思い知らされます(2002年に亡くなっています)。それだけに、その言葉は重い。

戦争を知る世代が少なくなってしまったから今のうちに話を聞いておこう、それも大事なことです。でも、それさえ、もしかしたらあまりに楽観的過ぎるかもしれません。史実かどうかさえ、そしてそればかりが水掛論争になりかねないところまで、戦争は過去のものになってしまっているのです。もっと早くきちんと反省していればよかった、もっと早く研究していればよかった、そういう結果論に陥ってもおかしくないレベルまで、僕ら現代人の無知は進行しているのかもしれません。そんなことを思った映画でした。



最後に、もう一度この映画のリンクをあげておきます。映画の内容にはほとんど触れられませんでしたが、一度観るだけで印象に残るシーンはいくらでもあります。


(註:コメント・トラックバックは開放しておきますが、管理人の主観的判断において予告なく削除する可能性があることを、改めてお断りしておきます。)
【2007/02/15 15:15】 映画 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
映画「逢いたくてヴェニス」
ついに、この映画のDVDを買ってしまいました。欲しかったんだもん。本当に。(画像はクリックすると大きくなります)




ドイツ映画にはスカッとする秀作が多いですが、この作品もその一つ。邦題だけ見ればベタベタのラブ・ストーリーという感じがしますが(原題は「2 Maenner 2 Frauen - 4 Probleme」(2人の男と2人の女の4つの問題…って、全然違う)、非常に爽やかなコメディー作品です。

とにかく根本的にムチャクチャです。2組の夫婦で、あっちの男とこっちの女が浮気で逃避行。それを嗅ぎつけたあっちの女がこっちの男を拉致してドイツからイタリアまで追っかける、という話。


女が水鉄砲で男を脅し、おもちゃの手錠でしばりつけ、車でイタリアまでこぎつけて、それでもひたすら、走る、走る。男が、「道は分かるのか?」と聞けば、女は「当然」と答えます。しかし、女が膝に広げている地図はこんなの。(画像はクリックすると大きくなります)





こういうおバカなセンスが大好きです。


結末もムチャクチャなくせに、なぜか爽やか。
ドイツ映画のオススメです。
【2006/12/07 14:20】 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
君死ぬんじゃねぇぞコラ
与謝野晶子をもじってみました。
現代語訳です。ね、そこそこ語呂がいいでしょ?(ぇ)

すみません、ここのところの話題はこればかりなもので。
そうです、自殺、自殺、自殺、です。

そういえば、こんなニュースがありました。

19歳の才能に脱帽! 自殺未遂体験をもとにした衝撃作【東京国際映画祭】

華やかなファッションに身を包んだスターたちのレッドカーペットで開幕した「第19回東京国際映画祭」も終盤に差し掛かり、最高賞となる“東京サクラグランプリ”の栄冠を目指すコンペティションの行方も気になる時期になった。そのコンペで早くからひとつ注目を浴びていた作品がオーストラリアの新鋭、ムラール・K.タルリ監督の『2:37(原題)』。本作は、現在22歳の監督が弱冠19歳で手掛けた作品なのだ。

今年からの試みとなる観客参加型の記者会見で監督は、「近しい友人を自殺で失い、その後、僕も不幸が重なり自殺未遂を起こしてしまいました。大量の酒と鎮痛剤を飲んだのですが、意識が朦朧とする中で、初めてとんでもないことをしたことに気づき、まだまだ生きたいと思いました。幸い翌日目を覚ましまして、36時間ほどでこの脚本を一気に書き上げました」と作品が実体験をもとにしたことを明かし、「事前のリサーチで日本の自殺率が高いことは知ってました。だから東京でぜひ上映したかったのです」とも明言。「そういった気持ちにいる人が踏みとどまるきっかけになればうれしい」と語った。
(@ぴあ) - 10月27日19時17分更新


すでに「自殺を誘発する」などと批判を浴び、製作側が反論する、というお決まりのパターンになっているようです。僕はもちろん自殺など考えもしませんが、一方で自殺には「禁じられた遊び」のような甘美な響きがありますよね。そのイメージが恋愛と重なるからか、昔から芸術作品にはそこかしこに取り上げられています。


バレエ「白鳥の湖」は、王子とオデット姫が、結ばれぬ恋から投身自殺をして来世で結ばれてハッピーエンド、という現代では壮絶にアリエナイ展開になっています。ちなみに、シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」は同じ展開で悲劇と捉えたもの。しかしロミジュリは、悲劇というよりはロマンチック・ストーリーだと考える人が多い気がしてならないのですが、そういうところからも自殺=甘美の構図がうかがえます。

ミュラーの詩にシューベルトが曲をつけた、「美しき水車小屋の娘」。水車小屋の娘に失恋した後の主人公の青年の語りがインパクト絶大です。

そのうちの一曲、「好きな色」から抜粋します。
Grabt mir ein Grab im Wasen,
deckt mich mit gruenem Rasen,
mein Schatz hat's Gruen so gern.

草地に僕のための墓を掘り
僕を緑の芝生で覆ってくれ
僕の恋人は緑が大好きなのだから

甘くて哀しくて、とてもきれいな曲です。
死はこれほど甘美なものなのか、と。


ドイツの文豪・ゲーテの「若きウェルテルの悩み」は自殺モノの代表格。当時の常識からすれば「小説は教養たるべき」なのですが、この小説ときたら、1年半にわたって許婚のいる女性に片想いした挙句、報われない悲しみから彼女から渡された拳銃で頭を撃ちぬく…、というとんでもない問題作です。そして実際、出版されてからは自殺がひどく流行したとか。


やめてくださいって。てか、ウェルテルは小説の中の人物なんだから、マネして死んだってただの死に損じゃないですか。


一度聴いたら忘れられない


音楽でもこんなものがあります。

1933年にハンガリーで発表された歌、「暗い日曜日」。シェレッシュ・レジェー作曲、ヤーヴォル・ラースロー作詞によるものです。


曲調、歌詞ともに陰鬱で、ハンガリーではこの曲を聞いて何十人もの人が自殺。「自殺ソング」として知られ、この作品は発表当時ヨーロッパ各国で放送禁止にされたとか。何より、作曲者のレジェー自身も自殺しているのが強烈。


そして、それを映画化したのが、この作品。

「暗い日曜日」
(原題:"Gloomy Sunday - Ein Lied von Liebe und Tod"(1999))




ドイツとハンガリーの合作映画。ナチス・ドイツの台頭を背景にした、この曲にまつわる物語です。史実とはかなり変えているようですが、ドイツ映画のイチオシです


てか、ドイツ映画のくせに美人とハンサムが出てるってだけで相当珍しいと思います。…と思ったら、そもそも所詮ドイツとハンガリーの合作だし、実際ヒロインはハンガリー人で、ハンサムはイタリア人でした。なんだよ。


それはともかく、自殺を扱った映画でありながら、泥臭い「生きる強さ」を強烈に見せ付ける作品です。毒が強い作品なので何度も観たくはないですが、大事なことを教えてくれます。


自殺に甘さが求められるのは、もう古典の話。それでも生きる、何があっても生きる、その泥臭さの方が、何もかもがスマートに片付けられる現代では、逆に芸術足りうる気がします。



まず、生きないとね。
【2006/11/06 00:31】 映画 | トラックバック(1) | コメント(0) | page top↑
映画「モディリアーニ~真実の愛」
いやぁ、面白かったです。イタリア人のフランスの画家、モディリアーニの生涯の映画化。もうピカソ、ユトリロ、ルノワールら超ド級の有名人がバンバン出てきますからね。ストーリー自体は酒におぼれた画家を、愛する奥さんが頑張って支えて…みたいなありがちなものなんですけど、俳優はうまいし、次から次に交わされる超人たちの会話がやっぱり「ならでは」の味があります。こういうのって、分かる人ほど楽しめるんだろうなぁ、と多少妬ましいですけど。


知らない人のために書いておきますが、モディリアーニの生涯はまさに伝説です。酒と麻薬とタバコにまみれる破滅的な生活も、恋に落ちた19歳の画学生ジャンヌによって何とか支えられます。歴史に名を刻む大画家でありながら、まともな創作期間はわずか数年。生涯たった1回個展を開くものの、1枚も絵も売れないばかりか「風紀を乱す」と警察から撤去命令。体が持つはずもなく、36歳の若さで倒れて死んだ(街頭で、という説あり)、という「人生はドラマだ」的な壮絶な生涯です。

興味のある人はこちらへ。

しかし、ね。
しかし、ね。

いや、ネタバレするからここから先は隠しておきますけどさ。

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【2006/10/26 00:12】 映画 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
外見と性格、どっちを重視する?って、ムチャクチャな質問だと思う
僕は映画を見た後、他の人の感想を結構気にします。で、検索をかけてみます。ハムレット(2000年)のときもそうしました。すると、やたらこんなのが出てきて驚かされました。

「オフィーリア(ヒロイン)がかわいくない。」


ええええええ( ̄〇 ̄;)??
ひどいひどいひどい、そんなのどうだっていいじゃん!

いや、例えばあまりの美貌に街中の誰もが振り向く女性役にアレな人が出てきたら、そりゃ不自然かもしれないですけど、オフィーリアはただの「ハムレットの恋人」以外の何者でもありません。だったら、ハムレットって何て物好きなんだと思っちゃう的女性でさえなければ別にいいじゃないですか。てか別にかわいくなくなかったし(←これは個人的感想)。


こんなのに気を取られていてストーリーを楽しめなかったら、それはさぞかしご愁傷様です。そういう人にはシェイクスピアではなくアイドルDVDをお勧めします。いや、ごめんなさい、言い過ぎました、ウソです。



東混の演奏会に行きました。三善晃の「あなた」。演奏は良かった、と思いたかったのですが、僕の感覚に異変が起こっていました。

「あ、ハモってない」
「あ、下がった」
「あ、浅い」
「あ、ズレた」

頭の中はこればっかでした。これは柏葉の定演CDを聴いたときもそうでしたが、音楽作りがまるで耳に入ってこないのです。ちょっと目をつぶれば、もっとずっと楽しめるはずなのに、僕の耳はいつからこんなのになっちゃったんだろ。演奏が終わったとき、メチャメチャ寂しくなりました。こういう人には、演奏会ではなくカデンツのMIDIをお勧めします。あー、ヘコむわ。。。

という話を人にしたら、「知ってる曲だからじゃない?」と返されました。なるほど、そうかも。とりあえず保留しておくことにしました。


作品をもっと分かる人になりたい。
そして作品を最大限楽しみたい。


しかし、この2つの関係はそう単純ではないようです。何が本質かなんて、分かったもんじゃありませんね。
【2006/03/17 02:46】 映画 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
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