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はねられて、とんだ帰国(ベトナム旅行記8)
出国数時間前。最後の最後まで、油断は許されませんでした。

あっという間でした。夕暮れで視界も悪く、道路はラッシュアワー。巨大な横断歩道を歩いていて、何か叫び声が聴こえたと思ったら天地がひっくり返ってました。バイクにはねられたんです


ハノイでバイクとぶつかったときは、右手で身体をガードして「痛かった」ですみましたが、今回はそうはいきませんでした。気づいたら10車線の巨大道路の真ん中に自分がひっくり返っている。警官2人が駆けつけて起こしてくれました。
「歩けるか?」
「痛みはある?」

矢継ぎ早に聞かれましたが、痛みよりも精神的にショックで返答はしどろもどろ。


腰をひどく打ったので、ぶつかったバイクの人に国際病院に連れて行ってもらうようお願いしました。送った分チップをよこせって言われるかな、などと考えていましたが、さすがにそれはなく、ただ何度も謝られました。異国だと普通のことでも優しく思えます、などと言うとキレイですが、むしろ僕の性格が歪んだ気がします


ホーチミンの国際病院。
  • 入るといきなり日本人用受付があり、
  • 日本人スタッフが応対してくれ、
  • 日本人医師が診察してくれる。
なんて便利なところでしょう。診察を受け、レントゲンを撮り、帰国してから再検査をと言われ、痛み止めを飲んで帰国しました。そして今日、日本の病院で検査して骨は大丈夫だと言われて一安心。来週もう一回医者に行って、たぶんおしまいです。



更新遅れてごめんなさい。今日ようやく書けます。

「無事」帰国しました(笑。


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たかが1ヶ月ですけど、変わって見えることもあります。日本に帰ったらみんな無愛想なんだろうな、と思ってたら入国審査で「おはようございます」って声をかけられて無性に嬉しくなったりして、しんみり気分で静かで快適な電車に揺られて帰ってきました。


不良ヅラしてボタン外して、ドアに寄りかかってずっと携帯いじってる制服の女子高生。書類カバンからスポーツ新聞のぞかせて、イヤホンつけて腕組みしたまま座席で眠ってるオジサン。


なんか懐かしいよ( ̄▽ ̄)!!!


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最後に写真ネタを一つ。飛行機を降りて、成田空港の本館へ向かうときです。感動で思わず撮っちゃいました。(クリックすると拡大します)







この距離でシャトルバスを出すこの国ってどうよ?!( ̄〇 ̄;)
【2007/06/28 14:17】 旅行記 | トラックバック(0) | コメント(9) | page top↑
仕事と生活のミックスシェーキ(ベトナム旅行記7)
居心地のいい宿ですが、僕が来る前日に宿の10m先で人が殺されたらしいです。そして昨日も、最寄のシェーキ屋さん一家の麻薬取引で有罪判決が出たとか。いいところに住んでます。


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ベトナム観光で一番面白いのは美術館でも博物館でもなく、「市場」です。ドンキもびっくりにご当地商品が並べられ、客引きは平然と腕を掴んで店に引き込み、値切って買ったり怒らせたり。庶民の生活臭さがプンプンしているのですが、悪臭のプンプンの半端じゃありません。


35度の熱気で生肉生魚がゴロゴロしてるので、「生鮮」市場の定義を疑います。さらに、オバちゃんがゴミ箱をひっくり返して生ゴミを路上に撒き散らしている、素晴らしき衛生管理


果物を買いました。お化けみたいな果物の、おいしいことおいしいこと!で、食べ方をオバちゃんに教えてもらい、皮をむいたらどうするのか。その場でポイでした。

あんた、自分の売り場だろ( ̄〇 ̄;)。



テキトーさ加減が市場中にあふれ、店をのぞけばオバちゃんが床にひっくり返って寝ています。朝6時開店とかですから無理もありませんが、起こすわけにもいかずその店は素通り。営業になってないぞ。


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東南アジアの人たちは本当によく寝ます。タクシーを待たせたら普通に寝て待ってますし、ガラガラのテーマパーク内の屋台では、あまりの客の少なさに耐えかねたのか、オバちゃんは屋台の品物を地面に下ろして自分が屋台の上に乗って寝てました。


・・・あなたが売り物ですか?( ̄〇 ̄;)


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そんなベトナムで、「デパート」に行ってみました。見るからにゴージャスな建物で、資生堂の広告がひしめいています。入ってみるとまさにビックリ。1階は壁から机から全てが光り輝き、白いタイルの上で若い販売員さんたちがピッタリ黒スーツで化粧品やら宝石やらの販売。伊勢丹やら京王やらとほとんど変わりません。


この「デパート」はオーナーが日系人らしいです。ナルホド。


しかし、店員はベトナム人なのです。隠し切れないベトナム根性。光り輝く化粧品売り場でバッチリ決めてる女性店員も、お客さんが来ないもんだから腕組みをして壁に寄りかかって、「タイクツ」を顔からだ全体で表現しているダラケっぷり。


日本だったら首飛ぶよ。



とある高級紳士服売り場では、店内に店員が1人もいない。ハロー?と呼びかけたら奥から慌てて店員が出てきました。


セブンイレブンじゃないんだから。



そして、エレベーター横の奥まった休憩スペース。お客さん用の椅子に、見事に2人でひっくり返って寝ているオバちゃんたち。


よく見たら、店員でした( ̄〇 ̄;)。



そうだよね、こんなところで働いてたら疲れちゃうよね。なんか同情しました。日本の販売員ってすげぇや


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でも、そういういい加減さが気持ちいいところでもあるのです。フルーツシェーキのお店に行ったら、店員の女の子たちがお喋りしながら果物(てか売り物?)を頬張ってて、モグモグしながら注文を受けてくれる。「おしゃべり&つまみ食い」は、もちろん狙うべきスタイルではないですが、「パックされた果物&営業スマイル」とどっちがおいしそうに見えるのかは、難しいところです。


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ぼったくられたこともありました。値切りまくって無理やり商談を成立させて「センキュー!」と握手を求めたら、出した手を引っ叩かれたこともありました。「気に入ったものがない」と言ったら、「ちょっと待ってて」と言って、何かと思えば他の店から品物を持ってきて売ろうとしてきて面食らったりもしました。



良くも悪くも、そこらじゅうから「にんげん」のにおいがしたベトナムの旅行ももうおしまい。

明日、日本に帰ります。
【2007/06/25 17:37】 旅行記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
テキトー文化のテキトーツアー(ベトナム旅行記6)
ベトナムに「帰って」きました!!

ベトナムの北部、中部から始まり、カンボジア、タイを経て、最後にベトナム南部です。ベトナム最大の都市、ホーチミン市。着いたとたん、2週間も離れてないのに懐かしさが蘇りました。


このどうしようもない信号無視。数々のバイク。果てしなくフレンドリーな人々。ホテルもこれぞベトナムです。静かな個室でホットシャワーにセキュリティーボックス、エアコンに扇風機、衛星放送つきテレビ(NHKが入る!)、そして意味なくダブルベッド。まさに至れり尽くせりです。おばちゃんもメチャメチャ親切で、一泊わずか8ドル(1000円)、1ヶ月泊まっても3万円なんですけど


今回の旅行の最後の都市、多少は買い物しないとです。と、そんなところで、いきなりベトナムの洗礼「ボッタクリ」をくらいました。


自分の騙され手口を書く醜態晒しはいい加減ホドホドにしておきますが、今回の手口は「低級品を見せる」というもの。1等品、2等品、3等品と立て続けに見せられ、確かに質がぜんぜん違う。値段も違う。こうなると1等品を買うのに2等品以下には値切れなくなる、という心理になりますが、よく考えたらその2等品の値段自体がボッタクリなんですよね。さらに、「これをこれだけ買ったらおまけにこれを」みたいに計算をややこしくされ、自称通訳のタクシードライバーに割って入られ、もうメチャメチャ。頑張って値切ったはずなのに、おばちゃんの喜びっぷりから全てを悟りました。ちくしょう。


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それにしても、この国の文化のテキトーなことと言ったら。なんていい加減なんだ、こいつら。そう思うことベリーオッフンです。


北部にて、首都ハノイからバスで3時間ほどの世界遺産・ハロン湾へのベトナム人主催ツアーに申し込んだときのこと。集合は7時半。頑張って起きましたが、予想通り、定刻になってもバスもガイドも現れません。バスが順々に申込者のホテルを回って客を拾っていく形式なのですが、30分待たされた人とかもざらにいました。


バスが到着、ガイドがみんなのチケットを買って船へ案内してくれます。最初は人数確認していたかと思えば、船に乗って以来どこで降りても一度も人数確認しない適当さ。


さらに、ガイドのくせに何もガイドしない。洞窟の見学に至っては、ガイドが船で待ってました。おいおいおい。


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昼休みには、子連れのベトナム人の女性と歓談。しかし、このオバちゃん、明らかに他の人とは違うオーラを放っていました。


まず、英語が半端なく流暢。ベトナム人は、商売のために英語を覚えますが、この英語はナマリが相当キツイ。聞き取るのも一苦労ですが、彼女の英語は間違いなく「習った英語」。僕がどこに行くかを聞いたら、次々と都市の歴史の話が出てくる、その教養。


そして、南部からわざわざ北端に旅行に来ていた、とのこと。旅行は金持ちの証です。「旦那が私が遊ぶお金を稼いでくれてるから」なんて笑っていました。
「娘にそろそろ英語を習わせようかと思ってるの」
「うちの息子も大きくなったら日本に留学させたいわ、絶対将来役に立つと思う」

と、どっかの教育ママオーラ


男の子に、「How old are you??」と聞いてみました。

男の子はポカンとしている。すかさずオバちゃん、横槍を入れる。

「あのね、たぶん質問は分かってるのよ、でもすごくシャイなの。」


おい( ̄〇 ̄;)。

さらに、息子は12歳だったそうです。受け答えくらいしろ。そしてやらせろ。

ダメ親子モード全開です。今でこそ常識はずれですが、どっかの国にのかつての光景にもありそうです。


発展途上の国での格差、そしてエリートの質。日本の20年前ってこんな感じだったのかな、なんて想像します。


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そして昼食後。屋根無しボートに乗り換えたのですが、オバちゃん曰く「準備しなくちゃいけないからちょっと待ってて」


ボートで待っていると、オバちゃん登場。
  • いつのまにか白の長袖長ズボンになり、
  • 帽子をかぶりサングラスをかけ、
  • 手袋をして耳まで隠れるマスク
まさに完全防備


思わず「きれいですね」と声をかけたら、ひっぱたかれました(笑。こんなオバちゃんが懐かしい今日この頃。アジアは一つです。


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テキトー文化に話を戻して。

ガイドのテキトーさはどんどんエスカレートし、船で待ってた挙句帰りのバスで一人でマイクを握ってカラオケまで始めました(幸い、すぐやめてくれました)。


そして、街へと帰って。契約時に「それぞれのホテルまでお送りします」と書面に書いてあったにも関わらず、こう。


ガイド「この帰りのバス、他の旅行会社のバスと一緒になって別のものになってしまったんです。ここからは分かると思うので、皆さん降りて各自でお帰りください

・・・出たよ、こんなこったろうと思った。


ベトナム人はもちろん、そして他のアジア人もやれやれ、とバスを降りる。そんな中、ツアー参加のヨーロッパ人たちは一斉にブチ切れ。「話しが違うよ!」と、ガイドに詰め寄りました。


・・・どーせ無駄だって・・・。


怒り心頭のヨーロッパ人を尻目に、何もかもアイマイに僕らアジア人は立ち去りました。



アジアは一つ。東南アジアは、僕たちとそう遠くない国だと、あちこちで実感する日々です。
【2007/06/24 14:02】 旅行記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
語学のペンと根性の剣(カンボジア旅行記3)
カンボジアのシェムリアップからタイのバンコク、この間ほとんど日本語ばかりしゃべっています。


カンボジアに話を戻しますが、ここで驚いたのはかなりの高レベルで日本語を話しかけてくる人がいること。「コンニチハ」「アリガトー」だけではなく、主語述語を整えて日本語でコミュニケーションを取れるツワモノが1人や2人ではありません。


それから物売りの勢いがすごい。遺跡に行って、見学を終えて道路に戻ってきた瞬間に、遠すぎて豆粒のように小さいおねーさんが、「オニーサーン、オミズー!!」と叫んでくる(ミネラルウォーターの販売)。どうやって日本人だと認識しているんだか分かりませんが、1人が叫んだ途端に4方向から「オニーサーン!」とコールがかかる。さらに、小学校に上がれるか上がれないかの足元もオボツカナイ女の子とかが絡んでくる。曰く、
「ニーサン ニーサン コレ サンコデ 1ドル、ヤスイヨ ニーサン」
これには正直参りました( ̄〇 ̄;)。


ちなみに、物売りはワラワラと寄ってきたときが逆にチャンスです。数人から同時にメニューを見せられ、食べ物が2ドル・飲み物が1ドルが相場と見て取ったら、「麺と飲み物をセットで2ドルで出してくれる人!」と声をかけ、「ハイ!」と最初に声を上げたお店と一発決着。お互い気持ちいい。


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シェムリアップではホテルのオーナーが「ワタシ ニホンゴ デキマス」だったから全て日本語、と言いたいところですが、実は「エイゴ ダメ ネ」が真の理由でした。日常会話もままならない「ニホンゴ」で、不便だったばかりか、「ワタシ アナタヲ イチニチ バイクデ オクリマス」と面倒な展開に。


初日はお願いしたのですが、コースの変更さえリスニングと語彙力の問題で理解できない。「アナタノコト イツモ カンガエマス」とディナーを勝手に予約され(しかも不味かった)、そしてついに本性を出す。
「ココ オオキナ イセキガ アリマス。ワタシ ウンテン。50ドルデ ドウデスカ

・・・出たよ( ̄〇 ̄;)。


目当ての遺跡までは距離15キロ。50ドル(6000円)とは、日本のタクシーもビックリな金額です。
僕「冗談じゃない。そんなに払うぐらいなら僕はホテルにいたほうがマシです」
オーナー「ジャア 30ドルデ ドウデスカ」(いきなりの4割引き。怪しすぎだろ
僕「それなら25ドルで」
オーナー「・・・ワタシ ドウヤッテ セイカツ スレバ イイデスカ??

ここでお涙作戦かよ( ̄〇 ̄;)。さっき20ドル割り引いたヤツが、5ドル値切られて生活に困るか、アホ。


普通のタクシーならバイバイですが、自分が泊まっているホテルのオーナーなので、部屋に何をされるか分かりません。丁重に断り、別の日本人と割り勘で郊外を1日中回って1人13ドルで決着しました。



英語を覚える必要さえないほど、日本語ができるとカモ標的が増えるよう。そして、結構みんな50ドル払ってるんでしょうね。そして、ドイツ語の方がまだマシなどとうそぶく自分は、このオーナーと同レベルだと反省しました。英語デキネェ。。。


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ちなみに、ホテルのトラブルで有名な手口としては、部屋に麻薬を仕掛けられ、警察が踏み込んできて逮捕され、「拘留か罰金だ」と強制的にお金を巻き上げる(警察とホテル係員がグル)という、対策の打ちようのないヒドイものがあります。このホテルでは唯一の金づる・日本人を口コミで失うわけにはいかないので安心でしょうが。


その警察とも、盗まれたカメラを巡って戦ってきました。現地警備のプライドなのか体面なのか、「my camera was taken away」という僕の報告書の文面に対して、「お前は盗まれた手を見たわけじゃないんだから lostと書け」と来る。場所も時間もハッキリ分かってるんだから lostじゃないだろ」と反論するも、スッタモンダの末英語でやり込められ、自分の文面は消さずに単語「lost」をさりげなく関係代名詞の副文に組み込むことで妥結。ったく、もう。
【2007/06/22 21:41】 旅行記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
甘すぎライフと辛すぎライフ(タイ旅行記2)
ないものがない、バンコク。僕のホテルはセブンイレブンの隣でめちゃめちゃ便利です。清潔な店内に、きれいにパックされたパンやお菓子が並び(ポッキーの種類がすごい)、冷蔵庫にキンキンに冷えた飲み物が並んでいます。そして価格はもちろん現地価格。ベトナム・カンボジアではどこも牛乳を室温に放置してあり、「賞味期限は半年だから大丈夫」と、余計に疑いたくなる安心させ方をしてくれましたが、タイでは冷蔵庫で冷やされたMEIJIやミロが手軽に飲めます。


でも飲んだ次の日お腹が悪くなったのはなぜでしょうか。


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アジアの甘味は半端じゃありません。こいつらの甘味根性ときたら、もう何が何でも砂糖を入れまくるのです。ただでさえ甘いフルーツシェーキに砂糖をバカバカ入れ、ファーストフードのアイスティーも紅茶の味がしなくなるほどデフォルトでシロップが入ってました。なのにみんながスリムなのは、暑さのせいか、民族の血か。そういえば街を歩く野良猫・野良犬も、みんな驚異的にスリムです。はじめは病気かと思ったのですが、どうやら違うよう。


ベトナムでは「グリーンティー」なるものを見つけたので思わず飲んでみたら、やっぱり甘い。シロップが入っていたりハチミツが入っていたりリンゴ果汁が入っていたりして、肝心の「ティー」の香りはほとんどしません。


あまりにどれも甘くてゲンナリだったのですが、ついに、ついに、タイのコンビニにで見慣れた製品を発見!しっかり「KIRIN」の生茶がならんでいます。しかも、ひらがなで「なまちゃ」と振ってある。僕は喜びに打ち震え、よっしゃ、サッパリ!と思ったら。


むちゃむちゃ甘かったです( ̄〇 ̄;)。


こんなの生茶じゃない。さらにひどいのがNESCAFEの缶コーヒー


1口飲んだらあまりの甘さに思わず顔をしかめ、2口目でいやになり、3口目でそのまま捨てる決心をしました。


あれはコーヒーではない。コーヒーのにおい入りシロップです。コーヒーで割って飲みたくなりました。


それでも暑さのせいで甘いものはどうしても欲しくなります。毎日大量の汗をかき、それを補うために毎日最低でもジュース1リットルは空になります。さらに食事のたびに缶ジュースを空け、安いもんだからついついデザートまで頼み、明らかに糖分過多な毎日。出発前の身体測定で目を疑いたくなるような値を出した僕の体重は、旅から戻ってどうなっているか。そんなのも1つの楽しみです。


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全然関係ないですけど。


カンボジアで遺跡を巡っていたときに、民俗音楽の演奏が聞こえました。一歩近づいたときにギョッとしたのは、彼らに足がなかったこと。義足でした。地雷でダメージを負った人たちで、小学校の子供や同じような境遇の人たちのために、演奏活動を続けているという英語の説明パンフがありました。そして寄付金を少し箱に入れた、そのとき。演奏していた彼らが、演奏しながら黙って僕に頭を下げた。これが一番ギョッとしました。


大都会、バンコク。コンビニとはぜんぜん違う、いかにもアジアンな市民のための路上市場に行きました。露店に焼きそばやソーセージが並び、果物や生肉、貝類の量り売りがある。イモ洗い状態の地元民の買い物の光景でした。ベトナムの市場よりはるかに整然としているとはいえ、悪臭はひどく、また足元は水びたしです。


そこで人の流れが左右に2分されているところがありました。近づいてみると、ボロボロの服と体で濡れた地面に這いつくばって買い物をしている男がいました。見た瞬間、背筋が凍りました。頭がおかしいのではない。両足がないのです。だから這う。



車椅子がとんでもない高級品だといまさら気づきました。コムスンよ、しっかりしてくれ。
【2007/06/20 20:07】 旅行記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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